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新型インフルエンザ対策を考える―検疫よりも国内体制の整備を!―
上昌広(東京大学医科学研究所先端医療社会コミュニケーションシステム社会連携研究部門准教授)

2009/05/15

かみ まさひろ氏○1993年東大医学部卒業。99年東大大学院医学系研究科修了。虎の門病院、国立がんセンター中央病院を経て2005年10月より現職。

※今回の記事は村上龍氏が編集長を務めるJMM (Japan Mail Media)5月6日発行の記事(第30回 新型インフルエンザ対策を考える~検疫よりも国内体制の整備を!)をMRIC用に改訂し転載させていただきました。

 メキシコを発生源とした、豚インフルエンザ(H1N1)の感染が世界中に広がっています。4月28日、WHOは継続的に人から人への感染がみられる状態になったとして、インフルエンザのパンデミック警報レベルをフェーズ4に引き上げました。これを受けて、厚労省も、豚インフルエンザ(H1N1)を新型インフルエンザとしました。

 この日から、厚労省は、かねてより作成していた「新型インフルエンザ対策行動計画」と「新型インフルエンザ対策ガイドライン」に従って行動しています。28日以降は、行動計画の第1段階(海外発生期)にあたり、まだ国内での発生例は認められていないことになっています。

 5月5日現在、感染者数は世界中で増えていますが、死亡者数はそれほど大きく増えてはいません。世界の感染者数1085人、死亡者数26人です。そのうち、メキシコの感染者数は590人、死亡者数は25人で、米国の感染者数286人、死亡者数1人、カナダの感染者数101人、死亡者数0人、ヨーロッパの感染者数92人、死亡者数0人です。

○水際対策は本当に有効か?

 厚労省が水際対策と称して検疫に力を入れていることは、皆さんも報道からご存じでしょう。ゴールデンウィークの帰国ラッシュには検疫官を普段の3倍に増員したと言われています。このような報道が繰り返されることにより、厚労省の懸命な努力により、新型インフルエンザが水際でくい止められているという印象が国民の中に形成しつつあるように感じます。しかし、あの報道や映像を見て、専門家は疑問を感じています。

 テレビでは、検疫官たちがものものしい防護服でチェックに向かう姿が報道されています。あの防護服は、医療関係者が未知の病原体と対峙するとき、空気感染、飛沫感染、接触感染によって自らが感染しないこと、および医療関係者を介して患者間の感染を防ぐことが目的です。

 しかし、それなら、違う患者・乗客に接するたびに防護服を使い捨てにして着替えなければ意味がありません。着替えないまま走り回っているということは、もし、本当に新型インフルエンザ感染の患者がいたら、乗客にもふりまいてしまうことになります。

 新型インフルエンザの潜伏期間は長く見積もって約10日間ですが、空港利用者の大部分が短期間の旅行や出張から帰ってくる人でしょうから、ほとんどがこの期間中にあると予想できます。空港に着いた時に症状がなければ、どんなに検疫を強化しても発見できませんから、すり抜けて国内に入っていることになります。

 ちなみに、米国テキサス州で死亡したメキシコ人患者も潜伏期に国境を通過しています。このように、厚労省が主張する検疫強化によって水際で食い止める考え方は、医学的には妥当ではありません。

 また、テレビでご覧になった方も多いでしょうが、厚労省は乗客の体温を検知するサーモグラフィーを大量に整備しました。しかしながら、サーモグラフィーでの有症者発見率は0.02%すなわち1000人に2人で、99.8%はすり抜けます。サーモグラフィーは意味がないことは、SARSの際の経験からも知られています。一方、サーモグラフィーの価格は1台約300万円です。費用対効果が極めて悪い投資です。

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