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人工心肺事故無罪
中澤堅次(済生会宇都宮病院院長)

2009/04/08

なかざわ けんじ氏○1967年慶應大医学部卒業。2004年より済生会宇都宮病院院長兼看護専門学校長。現在、慶應大医学部内科学教室客員教授、NPO法人医療制度研究会理事長。

 東京女子医大人工心肺訴訟第二審は無罪だった。これを報じた3月28日の朝日新聞の記事は、詳細に訴訟の経過を示し、記事にはあまり主観が出ず、公平な扱いで両者のコメントが載っており秀逸だと思った。ご家族の思いと訴訟による解決のミスマッチも鮮明である。この記事を読んだだけで、医療事故調査委員会設置法案に関する意見の相違も明らかになった気がする。

 文面で見る限り、家族やメディアの期待は真相の解明にあり、真相解明に寄せる家族と医療提供者の複雑な感情が交錯し、この問題が訴訟では解決しないことを示している。ご家族は国が検討している第三者機関の設置に問題解決を求めているが、この件について私は別な感想を持った。

 記事にあるように、無罪とした理由が一審と二審とで異なること、大学側の調査報告書が認めた「操作ミス」を関連3学会が否定したこと、高検判事が「公判を通じて専門家の間で意見が変ることに戸惑いを感じている」とコメントしたことなどは、この種の事故の原因を特定することの難しさを示している。解釈の多様性は医療側が情報を開示していないからではなく、専門家がいい加減な判断を下しているわけでもない、医療事故そのものの特性なのである。

 とはいえ、死という結果は重く家族にとって受け入れがたい、関わったのは医師だから大きくいえば病院などが事故に責任を持つべきというのは分かるが、予期できなかったことや責任が取れない出来事も現場では確実に存在し、個人の責任とすると答えが出ない。責任追及以外の方法が必要なのだと思う。

 本裁判の構造は福島県立大野病院産婦人科事件とよく似ている。つまり、病院が出した見解が刑事訴追を呼び、裁判で一審無罪になった経緯が同じである。このあと女子医大の件では二審でも無罪になり、裁判のたびごとに判断も論点も異なる解釈が示された。

 今話題の第三者機関による事故調査委員会についても同じことが起こりえる。試案では院内調査の上に事故調査委員会の調査があり、その奥に司法の判断がある。事故調査委員会には判定権限があるので、大綱案は裁判の前にもう一つの簡易裁判を配した、いわば二重構造である。訴える側に立つと簡便で有利であるが、訴えられたほうは関門が一つ増えることになる。

 院内調査と第三者機関の結論が異なる場合は大変である。病院は第三者機関に異議申し立てをするか、司法に第三者機関を名誉毀損で訴えるか、いずれにしても医師の同士討ちが始まる。判決はそのたびに異なる結論になるかも知れず、第三者機関の判定が入ることで、複雑な議論はさらに複雑になる。簡易とはいえ司法ではない第三者の審判が入る二重裁判には法的根拠が示される必要がある。

 公平な第三者が入れば必ずはっきりした線が出ると記者氏は期待しているようであるが、実際医療事故の原因は単一では無く専門性も高いので、どこに責任の所在があるのかだれもが判断できるとは限らない。

 事故調査委員会設置法案大綱案では医療事故の定義を厚生労働大臣が決めるとしているが、このことは、難しいから大臣が決めるんだ、という乱暴な議論で難点を乗り切ろうとしているのである。はっきりしないものに無理に結論を出そうとすると、今回のようにいくつもの論争が発生する。これに第三者機関の判定が加われば複雑さはさらに増幅し泥仕合になる可能性が高い。

 ご家族のコメントにも、裁判長の感想にも再発防止の原因究明が不十分という感想が述べられていたが、目的が責任追及では無く再発防止と定義されていれば、この問題は存在しない。

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