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迷信が臨床研修制度を生み出した
諸悪の根源は「医療費亡国論」
上昌広(東京大学医科学研究所先端医療社会コミュニケーションシステム社会連携研究部門准教授)

2009/03/21

かみ まさひろ氏○1993年東大医学部卒業。99年東大大学院医学系研究科修了。虎の門病院、国立がんセンター中央病院を経て2005年10月より現職。

 今回の記事は村上龍氏が編集長を務めるJMM(Japan Mail Media)3月11日発行の記事(第26回 諸悪の根源は「医療費亡国論」―迷信が臨床研修制度を生み出した)をMRIC用に改訂し転載させていただきました。

 前回の配信で、臨床研修制度の見直しについて、厚労省(特に医系技官)の思惑を解説しました。今回は、世界では医師が自律的に行っている臨床研修制度の運用を、厚労省が政府主導で行うに至った背景を解説したいと思います。結論から申し上げれば、これまでの配信で繰り返しご紹介してきた「医療費亡国論」の影響と考えられるのです。

【医療費を抑制しつづけた歴史】

 厚労省の発表資料によると、国民医療費は昭和30年から昭和53年まで、前年比10%から20%台で増減しており、昭和49年には最大の36.2%増を記録しています。いっぽう国民所得は、昭和53年まで前年比10%台の増加を維持しており、つまり医療費の伸びを高度経済成長が支えてきたことがわかります。

 しかし昭和54年、初めて国民所得が前年比6.1%と伸び悩みます。昭和55年には11.5%に持ち直したものの、昭和56年、57年には、4.2%、3.8%となりました。医療費の伸びを経済成長が支えられないことを危惧した厚生官僚は、この頃から医療費削減政策を始めたのです。厚生官僚の考えを象徴するのが、保険局長や事務次官を務めた吉村仁氏が昭和58年に発表した「医療費亡国論」です。

 そして昭和60年、第1次医療法改正と総合診療方式が導入されました。医療法改正とは、医療費を抑制するために、都道府県別に病床数を規制するものです。世界で最も速く高齢化が進んでいるにも関わらず、平成19年には第5次医療法改正を行うなど、厚労省は現在も一貫して病床規制医療費抑制の政策を貫いています。

【医療費削減と二人三脚の総合医導入】

 現在の医師不足問題および臨床研修制度の問題を考えるとき、特に重要な出来事は、昭和60年、医療費削減政策と同時に総合診療方式が導入されたことです。総合診療方式とは、厚労省の発表資料には次のように記載されています。

 「総合診療方式(いわゆるスーパーローテート方式) 内科系及び外科系の各々1診療科、小児科、救急診療部門を2年間の研修期間中に研修すること(1診療科の研修期間は、それぞれ原則として2か月以上)」

 どこかで同じようなものを見たことがあると思いませんか?そうです、平成16年に導入された新医師臨床研修制度です。そこで同じスーパーローテート方式が“医師全員に義務化”されたのでした。こうして、実は全員、卒前にスーパーローテートを終えているにも関わらず、卒後にも繰り返さなければならなくなりました。

 すなわち「総合医」の育成は、昭和60年から約25年にわたって厚生官僚が守り続けてきた、医療費削減政策の重要な命題のひとつというわけです。その理由は、「“ひとりで何でも診ることができる総合医”を増やせば、一人の患者が複数の専門医にかかるよりも安く済む」と考えていることにあります。

 ところが現実には、一人の医師が多様な患者のニーズすべてに対応することは不可能です。不可能な政策を国民に提示すれば、国民の期待と現実のギャップはますます開き、医療不信・医療訴訟などトラブルの温床となることは、前回お話ししました。

 新医師臨床研修制度の導入も、医療費削減のための第4次医療法改正と同時に進められてきました。平成11年、横浜市立大病院での患者取り違え事件や、都立広尾病院での誤投薬の事件などが注目を浴びたことがきっかけで、5大新聞の医療事故報道は平成10年の302件から、平成11年1071件、平成12年には2404件と、うなぎ上りに増加しました。

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