日経メディカルのロゴ画像

医療の危機(中):医療費の過剰な抑制
多くの自治体病院が崩壊、現実の認識に基づく政策を
小松秀樹(虎の門病院泌尿器科)

2009/03/20

こまつ ひでき氏○1974年東大医学部卒業。虎の門病院泌尿器科部長。著書に『医療崩壊「立ち去り型サボタージュ」とは何か』『医療の限界』がある。

※本稿は、日刊工業新聞(2月11日付)からの転載です。

●高齢国家

 08年6月に発表された医療経済実態調査で、病院の経営状況が悪化していることが明らかになった。一般病院は全体として医業収入より医業費用が大きい。医業収入に対する医業収支差額の比率は、05年6月の-2.3%から、07年6月には-5.6%になり、マイナス幅が拡大した。公立病院の経営状況は極端に悪い。

 07年6月の医業収支差額は-17.4%であり、多くの自治体病院が崩壊していることを裏付ける。これに対し、無床診療所の収支差額(経営者の給与分が含まれる)は、05年6月の+38.2%から07年6月には+35.8%と若干減少しただけで、病院のような厳しい状況にはない。

 日本の高齢化率(65歳以上の高齢者が占める率)は、05年、20.1%になりイタリアを抜いて世界一になった。世界一の高齢国家にも関わらず、日本の医療費は低い。06年の医療費の対国内総生産(GDP)比は、経済協力開発機構(OECD)30カ国中、21位である(図)

 これは、社会保険料と租税が低いことによる。国民が選挙で選択したとも解釈できる。国民は、社会保障サービスの不備を言い立てる前に、日本の租税負担がOECDの29カ国中、下から4番目であることを思い起こすべきである。

 日本では、開業医と病院は診療報酬体系が異なる。日本医師会の中医協における長年の政治活動により、診療報酬が開業医に手厚くなった。総額が決められているので、病院の医療費はとりわけ低く抑えられた。

 医療費の継続的抑制は、1983年の「医療費亡国論」がきっかけになったとされる。厚生省保険局長だった吉村仁氏は、社会保険旬報という雑誌に掲載された短い論文で、このまま医療費が増え続けると、租税・社会保障負担が増大し、日本社会の活力が失われると主張した。吉村論文は、世界の認識と切り離された、検証されていない信念に基づいている。

●医療費亡国論

 当時の中曽根政権は、イギリスのサッチャー政権、アメリカのレーガン政権とならんで、新自由主義の色彩が強かった。中曽根政権では行財政改革が最大の課題となった。増税なき財政再建が提唱され、政府の支出が抑制された。国鉄、電電公社、専売公社が民営化された。「医療費亡国論」は中曽根政権の大方針に沿った意見であり、時期を限定すれば、妥当性がなかったわけではない。

この記事を読んでいる人におすすめ