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医療の危機(上):心の問題
訴訟と激務で産科医不足、社会思想含め見直しが必要
小松秀樹(虎の門病院泌尿器科)

2009/03/19

こまつ ひでき氏○1974年東大医学部卒業。虎の門病院泌尿器科部長。著書に『医療崩壊「立ち去り型サボタージュ」とは何か』『医療の限界』がある。

※本稿は、日刊工業新聞(2月4日付)からの転載です。

 社会にはさまざまな憂慮すべき問題が発生する。台風や地震のような自然災害、環境汚染のような文明社会の活動に付随するリスクがある。日本における医療崩壊現象は、これらとは異なり、人間の心の問題が大きい。

●都会に波及

 地方の医師不足、自治体病院の崩壊が頻繁に報道されるようになって久しい。08年10月、脳出血を起こした妊婦が、東京の七つの医療機関から受け入れを断わられた事件が報じられ、医師不足が都会に及んでいることが明らかになった。

 消防庁の調査によると、妊産婦の救急搬送で、受け入れ病院がなかなか決まらずに、現場に30分以上滞在を余儀なくされる割合は、全国の都市の中で大きな差があり、川崎、横浜、東京が最も高い。

 元日の全国実業団駅伝の放送で、アフリカ出身のある選手の婚約者と赤ちゃんが周産期に死亡したというエピソードが紹介された。日本でこのようなことが起こると、犯人探しがはじまる。

 戦後、日本でも年間4千名以上の妊産婦が死亡していた。医療の進歩と産科医の努力で、数十名まで減少した。安全性(=リスク)は世界的に見てもトップレベルである。しかし、リスクは軽減したのであって、消滅したわけではないし、医療現場が万全の体制にあるわけでもない。

 日本では、リスクが小さくなったが故に、不幸な結果は、患者・家族に許容されにくい。お産はそもそも喜ばしいことなので、結果が悪いと落差が大きく、憎しみが生じやすい。産婦人科は全診療科の中で最も訴訟リスクが高い。過剰労働と相俟って、病院を支える産科医の心が折れた。

 北里大学の海野信也教授は精密なデータでこれを裏付けている。06年の産婦人科医の総数は約1万人。これが毎年180名ずつ減少している。00年から06年までに全医師数は8%増えたが、産婦人科医は9%減少した。重症患者を扱う公的病院から、重症患者が少なく待遇のよい私立病院に中堅医師が移る傾向が強い。診療所の勤務医はむしろ増加している。30歳未満の産婦人科医の70%は女性だが、女性産婦人科医の半数は研修開始後15年で分娩を扱わなくなる。分娩施設は02年から05年までの3年間で11%、373施設減少した。

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