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医学生の立場から提案する医療危機対策
尾崎章彦(東京大学医学部5年)

2009/03/09

東大医学部5年生の尾崎章彦氏

1、日本で骨髄移植が受けられない?!

「まさか…」。初めて骨髄移植問題を知った時の率直な感想は、このようなものでした。血液腫瘍の患者さんに対する骨髄移植は、大学の臨床実習でも目にする一般的な治療法です。そのため、日本中の病院で骨髄移植が行えなくなるなど、私には俄かに信じられない話だったのです。

 しかしここ数年、医療の分野において、次から次へと新たな問題が報道されているのも事実です。大野病院産婦人科医の刑事告発、公立病院の相次ぐ閉鎖、ハイリスク医療からの撤退。

 最近では、鳥取大学の医学部附属病院緊急救命センター専門医師全員が、3月末で離職するという報道もありました。どれも、私が大学受験をした5~6年前には、考えてもいなかった事件ばかりです。

 しかし、度重なる事故や事件報道により、医療現場は疲弊し、その一方、医学生の感覚もかなり麻痺してきた気がします。実際、今回の事態を信じられないと思う一方で、今の医療界ではどんな問題が起きても不思議ではないと感じている自分もいました。

2、骨髄移植フィルター 『ボーンマロウコレクションキット』

 問題の発端は昨年の末に遡ります。米国の医療機器メーカーであるバクスター社が、世界金融危機のあおりを受け、不採算部門である血液事業からの撤退を余儀なくされたのです。それに伴い、バクスター社が生産していた骨髄移植フィルター「ボーンマロウコレクションキット」を、日本国内で入手することが困難となりました。

 ボーンマロウコレクションキットは、ドナーから採取した骨髄液から骨片や凝血塊を取り除くために用いるフィルターです。骨髄移植の実施には不可欠な医療機器で、この報道によって、日本中の医療機関や患者の間に不安が広がっていきました。

 問題が発覚した12月の段階で、バクスタージャパンは国内の在庫を493セットと発表しました。国内での1ヵ月当たりの消費数は約150セットだったので、厚生労働省は当初、3ヶ月強の在庫はあると楽観視していました。

 しかし、事態は厚労省の予想よりも深刻でした。なんと1月半ばまでに、実に400セットあまりのフィルターが出荷され、バクスタージャパンの在庫が100個を切ってしまったのです。何故このような事態が引き起こされてしまったのでしょうか。

3、フィルター問題とトイレットペーパー騒動

 原因は、症例数の急激な増加ではありませんでした。十分な情報開示もなく、骨髄移植フィルターの供給がいつ再開されるか見通しが立たない中、各医療機関が在庫確保に奔走したことが、在庫激減の原因だったのです。

 しかし、症例数が増えてないからといって安心できるほど、事は単純ではありません。当然のことながら、各病院は自らの病院で骨髄移植を安全に行えることを、第一義としています。

 そのため、再供給の情報が十分でない状況では、在庫切れとなった他の医療機関から骨髄移植フィルターの融通を打診されたとしても、将来への見通しの不安から、その要請に応じることができません。このため、日本のどこかに在庫はあるのに骨髄移植を受けることができないという不幸な事態に陥ってしまうのです。

 過去を振り返ってみると、第一次オイルショックでも日本は似たような事態を経験しています。トイレットペーパーの買い付け騒動です。大阪府千里ニュータウンの大丸ピーコックストアで始まったパニックは、瞬く間に日本中に広がっていきます。マスコミの報道に踊らされた人々は、日夜トイレットペーパーを買うためにスーパーやデパートに押し掛けました。

 しかし、半年も経たないうちに、トイレットペーパーが無くなるという情報は根も葉もないものであったことが明らかになります。実際、トイレットペーパー騒動が起きている最中もトイレットペーパーの生産量は安定しており、徐々に増加さえしていたのです。

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