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分娩施設の集約化―周産期医療のグランドデザインを考える
石井廣重(石井第一産科婦人科クリニック、「日本のお産を守る会」)

2009/02/20

いしい ひろしげ氏○1976年順天堂大医学部卒業。1982年同大大学院卒業。順天堂大学講師、聖隷浜松病院医長を経て1987年に石井第一産科婦人科クリニックを開院。

 産科医不足、周産期医療の崩壊を目の当たりにして国(厚生労働省)や産科婦人科学会の幹部たちは「分娩施設集約化」を推奨している。学会のシンポジウムにおいても種々の医療系雑誌における対談でもこのことはもはや既成事実のように扱われ、一次医療機関である有床産科開業医は集約化完成までのワンポイントリリーフ的な立場におかれている。

 もちろんこの集約化を目指す理由の中には過酷な労働環境、安い賃金、訴訟の多さなど我々が若い時代には省みられなかった多くのことが盛り込まれ、現代の指導者たちの後輩を思いやる優しさ、社会を変えようとするその先進性には賛同以上、感動すら覚えるものである。

 しかし、本来医療が患者さんのためにあり、我々は自己犠牲とまでは言わないまでも献身的に医療を施そうと思ったときに、本当に周産期医療の集約化が医師の為にではなく多くの「子供を生む人のため」であるのか疑問を感じたので問題を提起しようと思う。

 大都市において中小病院で少人数の産科医が24時間、365日全てをこなそうとするのは非効率であり、集約化の必要性を正当化するものである。

 だが日本のような狭い国土で人口密度の高い国において、たとえ過疎地であっても集約化のためにお産のために数十キロの道のりを通院、または入院のために往復しなければならないというのは普通ではない。

 最近までは全てとは言わないけれど、過疎地においても産科開業医がいて、あるいは一人医長の産科医がいてローリスクのお産は取り上げていてくれた。

 最近の周産期医療崩壊のきっかけとなった典型的な事象は次の3点である。

1)医会の「健診は開業医で、お産は大病院で」発言
2)内診問題での厚生労働省の不当な扱い
3)福島県大野病院事件 

 医会の「健診は開業医で、お産は大病院で」発言の元になるのは2000年の旧厚生省長屋班の報告 であろう。しかし1990年に診療所でのお産の割合が43%だったのに対し2004年には47.9%にも上昇したのにもかかわらず妊産婦死亡は6.3(2000年)から4.3(2007年)へ、周産期死亡は5.8(2000年)から4.5(2007年)へと着実に減少している。

 しかも世界トップの成績である。小阪産病院の竹村先生の昨年の日本母性衛生学会での発表でも「妊産婦死亡の改善をリードしてきた県は診療所の出生割合が全国平均より高い県」とある。

 集約化の大義名分のひとつにオープンシステムがある。しかし、これがなかなかうまく行かない。開業してしばらくはお産の予約もあまり無く、ほとんど全てのお産に立ち会えるのだが忙しくなってくると、多くの患者さんが待っている外来を待たせてお産に立ち会うことが困難になってくる。

 どんなに提携病院が近くても往復とお産で1時間はかかるのであるから無理というものである。こうしてオープンシステムは不可能になる。うまく言っているといわれる浜松市でもオープンシステムでの出産は激減している。

 完全なオープンシステムはできないからといって、巷でセミオープンシステムといっているのは、結局は出産の立会いもできず里帰りのようなもので紹介状を持たせるだけのシステムであり、これを「セミ」がついてるとはいっても「オープン」と言っていいものであろうか。

 医会の「健診は開業医で、お産は大病院で」発言は農協が「自分の管轄地域の農産物を買うな」と言っているようなもので、多くの産科医の同意した発言なのであろうか?

 内診問題は今もって看護協会は違法と公言しているが、公には沈静状態を保っている。このままでは産科医の自尊心は踏みにじられたままで、一向に明るい未来志向などできそうも無い。筆者は一昨年「7人の侍」の一人として厚生労働省に掛け合いに行ったが、是非「課長通達の撤廃」を勝ち取りたいものである。

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