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迷走する医療行政―骨髄移植フィルター騒動からみえるもの
上昌広(東京大学医科学研究所先端医療社会コミュニケーションシステム社会連携研究部門准教授)

2009/01/30

かみ まさひろ氏○1993年東大医学部卒業。99年東大大学院医学系研究科修了。虎の門病院、国立がんセンター中央病院を経て2005年10月より現職。

※今回の記事は村上龍氏が編集長を務めるJMM (Japan Mail Media) 1月28日発行の記事をMRIC用に改訂し転載させていただきました。

 前回の配信で、医療訴訟の濫発が医師賠償責任保険を破綻させ、ハイリスク医療から医師が撤退する危険性を指摘させていただきました。今回はその解決策を議論する予定でしたが、その前に、年末から続いている「骨髄移植フィルター騒動」について、続報を含めご紹介させていただきたいと思います。

 問題の発端は、米国の医療機器メーカーが金融危機により打撃を受け、事業からの撤退を余儀なくされたことにあります。海の向こうの金融危機がわが国の医療界にまで波及したというわけです。

 ただし今回の騒動に際して興味深いのは、厚労省および関連団体が自らの権益保持を主張し、小田原評定を繰り返しているのを尻目に、市民団体が問題解決に向けて着実に活動してきたことです。

 これまでに繰り返しお話しさせていただいているとおり、福島県立大野病院事件以降、わが国の医療ガバナンスは大きく変わりつつあります。その中でこの騒動はまさに、医療界の変化を象徴する典型的な事件といえるのです。

【骨髄移植とは】

 まず、骨髄移植の概要をご説明しましょう。骨髄移植は、進行した血液がんの治癒が期待できる唯一の治療法です。

 骨髄移植は、通常の抗がん治療では治らない患者が対象になります。がん細胞を根絶するために超大量の抗がん剤や放射線を用いるのですが、このような処置を行えば、がん細胞を殺すのと同時に、正常な造血機能まで破壊してしまいます。そこで、HLA(白血球の血液型)が適合した他人から骨髄を移植する必要があるのです。

 骨髄提供者は、骨髄移植日の数ヶ月前から適正検査として身体検査、血液検査、レントゲン検査などを受けます。また、骨髄採取時には骨髄とともに約1リットルの血液が失われるため、輸血が必要になります。

 骨髄提供者は健常者ですから、骨髄採取手術時の出血に対してはできる限り自分の血(自己血)が使われ、自己血の貯血は、骨髄採取手術日の3週間前から開始されます。このような事情を踏まえると、骨髄移植を安全に行うには、予定日の少なくとも1ヶ月前までには予定が確定していなければなりません。

【米国バクスター社の事業撤退・売却】

 バクスター社はシカゴ郊外に本社を置き、総社員数は46,500人、売上高113億ドル(2007年)の製薬企業です。もともとは1931年に輸液メーカーとして出発しましたが、その後、血友病や感染症治療に用いる血漿タンパク製剤、腹膜透析関連製品、薬剤の投与システムを開発し、医療現場に提供しています。

 このような事業と同時に、バクスターは血液事業に重点を置いてきました。特に、人工血液の開発に取り組んできたのですが、開発はなかなか上手くいきませんでした。

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