日経メディカルのロゴ画像

超高齢社会は日本のチャンス、それを活かすカギを握るのは医療界である
松田学(郵便貯金・簡易生命保険管理機構理事)

2008/12/04

まつだ まなぶ氏○財務省官僚。現在、独立行政法人郵便貯金・簡易生命保険管理機構に理事として出向中。

 今、世界は未曾有の金融危機にゆさぶられ、日本でも経済社会の将来不安がますます高まっているが、そこに解決の道を開くカギは実は日本の医療界にある…ここまで言い切ると極論に聞こえますが、そこには少なくとも「風が吹けば桶屋が儲かる」よりももっと明確な因果関係があります。

 「医療崩壊」が語られて久しいのが日本の医療界ですが、もし、医療が価値を創造する分野へと脱皮できるならば、そして、それに向けて一人ひとりの医師が広い視野をもって知恵を出し、他の分野の人々との知のコラボレーションを進めることができれば、日本という国は自らの独自の将来を切り開き、そこに世界が問題解決のソリューションを求める国になれるかもしれません。

 筆者は最近、「競争も平等も超えて-チャレンジする日本の再設計図-」(財経詳報社刊)を世に問いましたが、そこで描いた日本の全体システム組み替えに向けた再設計の試みの中で、医療について訴えたかったのはそのようなメッセージです。

 バブル崩壊後、「失われた十数年」を経てようやく立ち直ったかにみえた日本経済は、ここにきてまた停滞の淵に立たされようとしています。「右肩上がり」から人口減少が象徴するような「右肩下がり」へのパラダイム転換の中で、それに適応できないまま「戦後システム」を続ける日本では、医療や社会保障制度をはじめ、ほとんどのシステムが持続可能でなくなり、次の絵姿をどの分野でも描けていません。

 そんな日本に残された数少ないフロンティアが医療分野です。将来に向けた楽観論を唱えるのには違和感がつきまとう昨今ですが、日本は実は、人類史上未曾有の超高齢社会に世界に先駆けて突入するという「危機」をチャンスに転化できるという、大変恵まれたポジションにあります。

 それを可能にすべく、医療界が一皮剥けられるかどうかは、医療システムを持続可能なものにする上でも、現在の国民皆保険という世界に冠たるシステムを維持していく上でも、不可欠の課題です。

●医療はもはや国の財政には依存できない

 医療システムの持続可能性といえば、消費税の増税をどうするかなど、政府の財政問題に議論が行きがちです。ここでその点に少し触れてみると、小泉政権が社会保障分野に残した実績とは専ら社会保障費の抑制でした。その中で医療の崩壊や介護の人手不足など様々な問題が現場で深刻化し、もはやシステムそのものが行き詰まっていることはご承知のとおりです。

 日本は実は、他の先進諸国と比較しても世界一といえるほどの「小さな政府」で運営されてきた国です。そのような日本に必要なアジェンダ設定とは、むしろ、政府部門の機能の再構築でした。そのためには、どう考えても構造的に歳出と歳入のつじつまの合っていない日本の財政について、恒常的な財源確保を一日も早く行う必要があります。

 一日も早く、というのは、世の中の多くの人々が信じている「国民に負担増を求める前にまず官が襟を正し、行革してムダを排除して…」という論理があまりに悠長なまでに、増税が切迫した課題になっているからです。実際のところ、「今日の増税か、明日の増税か」しか選択肢がない中で、明日の増税を選択すれば、それだけ将来の税負担増が大きくなるだけです。そのときに日本経済がそれに耐えられると考えるのはあまりに楽観的なほど、少子高齢化のインパクトは大きいといえます。

 政府のムダの排除は永遠の重要課題です。しかし、国民みんなが納得するまで行革だけをしているのであっては、「百年河清を待つ」が如しです。すでに量的には小さな政府である日本においてどんなにムダを排除したところで、そこから出てくる財源は、高齢化とともに増大する社会保障給付を賄うに必要な額とはそもそも桁が違います。

 こうした実態に正面から向き合い、国民に負担増についての選択を明確に問うことが日本の政治の最大の課題でした。自らの在任中は消費税を上げない、として、専ら支出の抑制に努めた小泉政権は、確かに公的部門の効率化の上で大きな成果をあげました。しかし、他方で、そのようなスタンスにこだわるあまり増税のタイミングを失わせたという意味では、大きな負の遺産を残したと後世の歴史家は評価するかもしれません。

この記事を読んでいる人におすすめ