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放たれる市場原理主義医療
小鷹昌明(獨協医科大学神経内科)

2008/11/27

おだか まさあき氏○1993年獨協医大医学部卒業。現在、獨協医科大学病院神経内科講師ならびに医局長。専門は免疫性末梢神経疾患の病態および治療。

 2007年は医療崩壊にブレーキがかかるどころか、一層加速化された1年であった。たしかに"医療崩壊"という言葉はそこかしこで耳にするようになった。しかし現実には、言葉がひとり歩きしているとしか考えられない。声を大にして尋ねたい衝動に駆られてばかりの1年であった。

「本当に医師を増やす気があるのか?」
「医療費抑制政策の方針転換はしないのか?」
「医師の過重労働を取り締まる気があるのか?」
「僻地への医師の招聘の見込みはあるのか?」
「これ以上医師の労働環境を悪化させることに危機感はないのか?」
「権利のみを主張する患者側の認識に変化はないのか?」
「救急医療の現場に軽症患者が殺到することに矛盾を感じないのか?」
「無知なマスコミ報道に医療不信を掻き立てるような悪意はないのか?」
「不当逮捕が医療崩壊を加速させることに気が付かないのか?」
「司法は医療訴訟を正しく判断できるのか?」
「患者の側からみても、疲れきった医師に診てもらいたいのか?」
「医師はそのことをどう思っているのだ?」

 誰に尋ねたいかと言えば、その対象は国、行政、国民、医療者、患者などである。だが、あまりにも漠然としていて、空気を相手にしているようで虚しくなる。

 結局、2008年を迎えても、「医療崩壊」と皆それぞれ口にはしながら、

「状況が改善される兆しはまったくないし」、
「いつまでたっても人員は増えないし」、
「頑張っても評価されず、体は疲れるし」、
「完璧な医療を期待する無茶な要求は減らないし」、
「相変わらず感情的な報道は多いし」、
「仕事に追われ続ければ親の面倒はみられないし」、
「労働基準法が順守される見込みもないし」、
「結局は医師の聖職意識とボランティア精神に頼るしかない医療政策しか打ち出されないし」、
「行政と医療者と患者、それぞれが被害者感情を持っているし」、
「不当な判決はなくならないし」、
「一部の攻撃的な患者をたしなめる手段はないし」……

というわけで、「もういっそのこと医療崩壊は行く所まで行って、医療の質も医療費負担もアクセスの悪さも仕方がないことだと諦めて、期待することをやめたらいいのに」と投げやりな想いを強くする一方で、「そんなことになっていいはずがない」と叱責する感情との葛藤に苛まれる年始まりであった。

 医療の市場が、低迷した資本主義市場とダブって見えてしまうのは、私だけではないはずだ。サブプライムローンで冷えきったアメリカの市場経済。原油や農作物の価格が高騰し続けている。はやいところ底が見えない限り、再生ファンドは手を付けない。医療の栄枯盛衰はひじょうに厳しく、諸行無常の響きすらある。

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