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「真相究明」とは何か
医療と司法の齟齬を克えろ
竹内治(法務博士・日本医療メディエーター協会認定医療メディエーター)

2008/11/21

2004年東大法学部卒。2007年早稲田大学大学院法務研究科修了(法務博士)。同研究科在学中に和田仁孝教授に師事し、医療紛争処理について学ぶ。

1、「真相究明」とは何か

 国民が裁判に期待する「真相究明」とは一体何か。「真相究明」といっても、その目的をどこに置くかという切り口の違いにより、実に多様な意味を持つ。しかし、その多義性はあまり認識されていないように思われる。

 医療裁判を経験した当事者は、医療者側も患者側も、そして、勝訴した側も敗訴した側も、裁判への不満を語ることが多いということである。これは一体どういうことなのであろうか。私は、その一つの理由が「真相究明」という言葉についての理解の齟齬にあると考える。以下、いくつかの切り口から「真相究明」とは何か、ということを考える。

2、裁判所における「真相究明」

(1)裁判の目的は、法律上の権利が存在しているかどうかを公的に確定し、その効果を強制することで紛争を解決するところにある。権利の存否は、法律で定められている要件を満たしているかどうかという点から判断されるため、結局、裁判所における「真相究明」は要件たる事実の有無を明らかにすることに尽きる。

 逆にいえば、法律に要件として定められていないことは裁判所における「真相究明」の対象とならない。

 例えば手術中に患者が死亡し遺族が医師に損害賠償を求めたという裁判を例にする。裁判所は「医師の行為に『注意義務違反』があったか」「患者(遺族)に『損害』が発生しているか。それは金銭で言うといくらか」「医師の行為と損害の間に『因果関係』があるか」といった法律上の要件事実の存否に関心を持つ。

 しかし「医師がどれほど誠実な人物であったか」とか、「遺族が患者の死でどれほど悲しんだか」という『法律に書かれていないこと』については、(少なくとも直接的には)裁判所における「真相究明」の対象とならない。

(2) もう一つ、指摘しておきたいのが、裁判所はどの程度の確からしさで事実の証明がされたときに「真相が究明された」としているか、である。

 裁判は真実(神の目で見た真実)に基づいてなされることが望ましい。しかし、過去に起こった事実について真実を詳らかにすることには限界がある。そこで裁判では「立証責任」というルールを設け、真実を擬制することでこの問題をクリアしている。

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