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第1回終末期医療のあり方に関する懇談会傍聴記
これを有識者だけで決めたら、末代まで祟るぞ
川口恭(ロハス・メディカル発行人)

2008/11/06

 先週、こんなのも開かれた。とっても大事だし、勉強にもなった。ただ、関係者だけで何かを決めてしまうには重大すぎる問題で、その一方で端的にはまとめづらい素材なのでマスコミが報じるには向かないと思う。悩ましいところだ。とりあえず今のところは、こんな議論をしているということだけでも知っておいていただきたい。委員名簿はこちら

舛添
「初回なので私の考えるところを述べる。終末期医療のあり方は国民の関心が高い重要なことだ。これまでに3回の意識調査を行ってきたところだが、平成18年に射水市立病院での人工呼吸器外しが発生したことから尊厳死に関する議論も高まり、平成19年にはガイドラインもできた。

 後期高齢者医療制度でも終末期相談支援料というものが設定され、相談することを支援することそのものは良かったんだけれど、75歳以上で線を引いたことから、言葉は悪いが姥捨との批判を浴びるに至った。

 わたし自身は、終末期というのは高齢者だけの問題ではなくて40歳にもあるかもしれないし、親がそうなった時に息子や娘がどうするかの問題でもあるし、非常に狭く限定してこのチューブをどうするんだという話だけではないと思う。

 大臣になる前には、リビングウィルを法制化したいと思ってさえいた。医療に限らず、もっと広く人生の終わりをどうするのか家族皆の問題として考える、それを支援する、そういうことが必要だと思うのだけれど、しかし高齢者だけでなく国民全体の問題として考えるためにも、75歳以上ということについては一応凍結をした。決して悪いことではないけれど、国民全体の問題として考えたいということで、中医協の方々には随分と叱られたが凍結をお願いした。

 人生の終わりかたの問題だから、一人ひとりの意見が十分に反映されるものじゃないといけない。厚生労働省からすれば、きちんとプロセスを踏んでやっている話、後期高齢者医療制度にしても手順は踏んでやったのだけれど、しかしそれが対外的にきちんと伝わっているか。すべての国民には、残念ながらなかなか伝わらない。

 ただ終末期の問題は皆が身近に考えないといけないはずで、後期高齢者医療制度によって脚光が当たったので考えるきっかけにはなったと思う。この機会を生かして、よりよい形にできればと思う。

 ことは医療だけでなく、家族との生活をどうするのかという重い課題を、むしろ議論すべきだと思っている。この管を外すかどうかではなく、もっと広く家族との関わり、生活全般について議論が必要だと思う。それが診療報酬なり医療制度に入ってくる時は狭く議論することも必要かもしれないが、まずは広く。

 大臣だからといって、一つの結論を押しつけるようとは思っていない。より良く議論いただくために皆さんにお集まりいただいている。たとえまとまらなくても、論点提示だけでも意味があるし、それはメディアの皆さんの力もお借りして国民に広く問うていきたいと思う。どうか一つよろしくお願いしたい」

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