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医者にとってのインフォームド・コンセント 〔10/20 訂正〕
「医療崩壊」と職業倫理
平岡諦(大阪府立成人病センター血液・化学療法科)

2008/10/17

ひらおか あきら氏○1969年阪大医学部卒。同大病院助手などを経て、96年から大阪府立成人病センター第五内科(現 血液・化学療法科)部長。2002年からは外来化学療法室の室長兼任。

 現在の医療危機は「医療崩壊」(1)と呼ばれている。患者にも医者にも不幸な事態である。低医療費政策、患者からの不信感、および医師法第21条を介した検察の介入が主な原因と考えられる。その対応が模索されているが、後二者については職業倫理との関係も論議しておく必要があると考える。

1 インフォームド・コンセントのとらえ方

 「ヒポクラテスの誓い」が「パターナリズム」に基づくとして否定され、それに代わるものとして「患者の自己決定」に基づくインフォームド・コンセント(以下、イ・コ)が法理(生命倫理)として発達した(2)。その背景には情報公開・開示が進み、情報化社会と呼ばれるようになった社会の変化がある。この理念は、日本でも、法理にとどまらず医者の職業倫理の中心理念の一つと成っている(3)。

 「イ・コ」は医者にとっては職業倫理の一つであり、「医者のあるべき姿」の一つであり、努力目標であると考えられる。一方、患者にとっては法理(生命倫理)、すなわち司法上当然のことであり、医者の義務であると考えている。

 医者は職業倫理の一つとして「イ・コ」の実施に努力するが、いくら努力しても情報の完全な共有はあり得ない。医者に優位な情報格差が残る。したがって、患者にとって不都合な治療結果が生じると、「イ・コ」が不十分であったのではないか、さらに、医者が情報隠しをしたのではないか、という疑念が患者に生じやすい。その結果、患者側からのクレーム、さらに司法判断への依頼が増加しやすい。

 一方、医者は、患者のクレームが自身の非倫理性に対するクレームでもあると誤解して受け取りやすい。誤解の理由は、生命倫理と職業倫理がともに倫理と呼ばれているためであり、また「イ・コ」が職業倫理の一つに入っているからである。

 「イ・コ」を職業倫理に導入した時点で、医療側は増加の見込まれる患者からのクレームに対する受け皿を準備すべきであった。受け皿のない患者側にとっては、法理に基づいて司法に頼らざるを得ず、その結果が医療訴訟の増加となっている。

2 医者間の健全な相互評価

 平成10年5月より、私はセカンド・オピニオンを患者に勧める運動を始めた。「イ・コ」を補い、「患者の自己決定」を後押しするためである。その後、医者にとってのセカンド・オピニオンの意義を問う原稿依頼があった。

 そこで、セカンド・オピニオンとは患者を介した「医者間の健全な相互評価(以下、相互評価)」であること、「パターナリズム」の時代から行われていた「相互評価」に「対診」があるが、「患者の自己決定」の時代になり患者への情報開示が加わって形を変えたのがセカンド・オピニオンであり、その本質は「相互評価」であろう、と論じた(4)。

 「相互評価」のルーツを考えているうちに緒方洪庵「扶氏医戒之略(以下、医戒之略)」に出合った(5)。その最終第12項の後段に、(主治医に隠して相談に来た患者に対しては、主治医に問い合わせ、その治療方針を聞いた上でなければ、診断し助言を与えることは出来ないと言い聞かせるべき(6)、と云う前段に続いて)、「然りといえども実に其誤治なることを知て之を外視するは、亦医の任にあらず。殊に危険の病に在りては遅疑することなかれ。」とある。「相互評価」という「医の任(課せられた仕事)」が「医戒之略」の最後の最後に記載されているのである。

 「パターナリズム」の時代の「相互評価」は一患者と一医者間の問題解決のために機能した。しかし「患者の自己決定」の時代、すなわち情報化社会となって、一患者と一医者間の問題が、患者の属する社会と医者の属する専門職集団間の問題となるようになった。解決のための「相互評価」も変化せざるを得ない。

 最近の例をあげると、2002年2月に発表された米国・欧州の内科4学会が共同作成した「Medical Professionalism in the New Millemmium: A Physician Charter」(以下、医師憲章)がある(7)。

 3つの基本原則と10項の責務として纏められているが、その最終項には専門職に伴う責任を果たす責務として、「職業全体の信頼を傷付けてはならない。お互いに協力することはもとより、専門職としての信頼を傷つけた医師には懲戒を加えることも必要である。(訳;李啓充(8))」と、「相互評価」が記載されている。

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