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ニッポン 官僚 夏 2008年
田中啓一(嵯峨嵐山・田中クリニック院長、「日本のお産を守る会」代表)

2008/08/29

 2008年6月、飯尾潤氏の著書『日本の統治構造――官僚内閣制から議員内閣制へ』が第29回サントリー学芸賞(政治・経済部門)に引き続き、読売・吉野作造賞(中央公論新社)を受賞した。中公新書として2007年に刊行された小著である。小著でありながら含意に富む文章に、しばし真夏の夜の蒸し暑さを忘れさせられた。

 同書は、議院内閣制のはずの日本の政治が、実は政治家が官僚の代理人となった官僚内閣制であったと分析する。官僚は所轄の業界団体の利益の代弁者であったため、社会的な利益の代弁者の側面を持っていたとの評価もされている(同書74頁)。

 この利点は肯定しながらも、政策研究大学院教授飯尾氏の主張は、戦前より続く官僚が支配集団となっている官僚内閣制を脱却し、憲法の定める議院内閣制へと転換しようというものである。

 そのためには政党が成熟し、選挙のための団体から、日常的に国民の要求を吸い上げ集約化する機能を持つ団体へと成長すべきとする(233-236頁)。

 読み進めながら、私の脳裏に去来した光景がある。1970年代初めの、東京大学法学部の大教室のある場面。9月、学期再開日の昼下がりだった。国家公務員試験の合格発表が終わり、各省庁への入省者が内定した頃だった。

 入省を約束された学生たちは、試験準備から合格までの長かった期間の疲れも見せず、それどころか戦いを終えた競技者のような安堵の表情を浮かべていた。

 試験の順位が何番だったかとか、誰それが何々省に決まったなど、明るい声で気楽な話題を楽しんでいた。たまたま政策で対立するような話題になると、種々意見が交わされ、「早くも、省庁の代表者と同じだね」と言って、笑い合うのだった。

 そんななか、「どんな法律にもマジックカードが隠されているものだ。マジックカードを使うと、法律を骨抜きにすることも反対の目的に使うこともできる」「最高裁判事よりも法務省の○○局長の方が偉い。通知一発で法律を変えられるのだ」などと声高に話す学生がいた。

 誰もが知るとおり、日本では三権分立がとられている。国会は立法権を、内閣は行政権を、裁判所が司法権を担当する。ここでは国会と行政の関係を見てみよう。

 まず、国会で法案審議する際、実際には内閣提出法案の全部の条文がすでに完成されている。どのような法案でもいったん法文の形をとると、そのわかりにくさはかなりのものである。

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