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この求刑は、『故意』や『重大な過失』ではないのか
川口恭(ロハス・メディカル発行人)

2008/03/26

 先週金曜日の標題公判で、被告人である加藤克彦医師に禁固1年、罰金10万円が求刑されたのは皆さんもご存じのことと思う。求刑を聞いて驚いたのは、論告の言葉の厳しさと裏腹に、求刑がとても軽いことだった。業務上過失致死の法定最高刑は懲役5年だ。

 論告は160枚にわたるという長文のため、メモが追い付かず、きちんと紹介しきれない。が、逐一紹介する必要もないのでないかという気がしている。起訴事実は正しく公判で弁護側が立てた証人は信用できないということを繰り返し述べたに過ぎず、これまでの公判報告を読んだ方には何も新発見がないからだ。詳しくお知りになりたいという方は、『周産期医療の崩壊をくいとめる会』のサイトをご覧いただきたい。唯一紹介すべきは、加藤医師のことを『自己の責任を回避するため、真摯な反省や謝罪が見られない。医師と患者の信頼関係の確保が強く要請されているのに、我が国の患者の医師への信頼を失わせる、事実を曲げる被告の態度は許し難い』と罵倒したことぐらいだろう。

 ここまで罵倒しておいて、しかしこの求刑の軽さ。どう解釈すべきか。

 一般常識的な解釈としてあり得るのは、検察が加藤医師の罪を軽いと考えているか、検察が今回の公判そのものを誤りと考えているかだろう。この解釈に立てば、そもそも公判取り下げをせず求刑すること自体、許されないのではないのか。それを許されると考えているとしたら、司法の一般常識との乖離は、医療と一般常識の乖離より大きい、と言わざるを得ない。

 この事件を契機に厚生労働省が設置へ邁進している医療事故調では、「故意もしくは重大な過失」による診療関連死は、警察へ通知が行われ刑事処分相当として扱われることになっている。

 1人の医師の運命と1地域の周産期医療をメチャクチャにした(それが結果的に全国に波及したが、それはともかく)ことを『診療関連死』になぞらえた時、誤りに気づきつつ求刑まで行ってしまったということに(そうとしか考えられない)、「故意」も「重大な過失」もないのだろうか。検察がそれで何のペナルティも受けないのなら、医療界にのみ自浄作用を求めるのはダブルスタンダードというものだ。

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