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Lancet誌、NEJM誌から
MERSの潜伏期間は9~12日、ウイルスは下気道に多い
感染確定患者の臨床経過を報告

 主に中東で患者が発生している新型コロナウイルスMERS-CoV)の特徴が徐々に明らかになってきた。仏Lille大学のBenoit Guery氏らは、フランスの病院に入院した患者2人を対象にウイルス学的分析を行い、MERS感染の確認には下気道標本が適していること、潜伏期間は9~12日であることを示し、Lancet誌電子版に2013年5月30日に報告した。また、サウジアラビア保健省のZiad A. Memish氏らは、サウジアラビアで発生した家族内感染例について分析し、発症当初に患者と接触した人々に発症は見られなかったことをNEJM誌電子版に2013年5月29日に報告した。

 MERS-CoVは、12年9月に急性呼吸不全により死亡したサウジアラビアのビジネスマンから分離された。その後、13年5月28日までにWHOに報告されたMERS-CoVの感染は49例で、このうち26人が死亡している。

発症者と同室に入院していた患者も発症
 Guery氏らが報告したのは、ドバイに訪問歴のある男性患者と、その患者から院内感染した渡航歴のない男性患者の情報。いずれの患者も免疫抑制状態にあった。

 患者1は64歳で高血圧と糖尿病の既往を有し、1998年に腎移植を受け、免疫抑制療法を継続していた。2013年4月9日~17日にドバイを訪問。発症は4月22日で、4月23日にValenciennes病院を受診した。下痢と発熱が認められたが呼吸器症状はなく、胸部X線所見も正常だった。4月26日に呼吸困難が発生したためValenciennes病院に入院し、29日にはDouai病院のICUに搬送された。Douai病院では非侵襲的機械的換気が行われたが、急速に呼吸不全が進行し、4月30日には挿管が行われた。5月1日に臨床経過とドバイ渡航歴からMERS-CoV感染が疑われた。

 患者1は検査結果に基づき、5月7日に感染確定例となった。患者は体外式膜型人工肺ECMO)を必要とするようになり、5月8日にLille大学の教育病院のICUに転送された。5月27日まで重症の急性呼吸窮迫症候群(ARDS)の状態が続き、ECMO管理下にあった。5月28日に難治性の多臓器不全で死亡した。

 患者2は51歳の男性で、心筋梗塞、動脈性高血圧、脂質異常症の既往を有し、ヒスタミン誘発性血管浮腫に対する治療として12年6月からプレドニゾン40mg/日を服用していた。ビタミンK拮抗薬も服用していた。

 患者2は左腕の深部静脈血栓症により、4月26日にValenciennes病院に入院。29日まで患者1と同室になった。床面積20m2の2人用病室において、ベッドは1.5m離れて設置されていた。患者1はほとんど起き上がれない状態だったが、患者2は移動可能だった。患者1、2とスタッフ、面会者はマスクを着用していなかった。

 患者2は4月30日に退院して自宅に戻った。5月8日、無力感、筋痛、咳が現れ、5月9日の時点で患者1との接触歴に基づいてLille大学教育病院に紹介され、5月11日にMERS-CoV感染陽性と診断された。5月12日に急性呼吸不全となりICUに転送、5月13日に挿管と機械的換気を開始。急性腎不全と尿閉が発生したため、5月14日に血液透析を行った。ECMO適用も開始した。

 患者1から2への感染がどのように起きたのかは不明だ。患者2は、いったん自宅に帰っているが、その間に接触があった約40人に発症者はいなかった。

 患者から上気道スワブ(鼻咽頭スワブ)、下気道標本(気管支肺胞洗浄液、喀痰)などを採取し、ウイルス遺伝子のうちupEとOrf1Aを標的とするRT-PCRを行ってMERS-CoVの存在を調べところ、MERS-CoVは下気道標本から検出された。下気道標本のウイルス量は高かった。一方、鼻咽頭スワブのPCRの結果は弱陽性または判定不可だったことから、より早く感染を知るためには下気道標本を採取する必要があると著者らは述べている。また、上気道標本にウイルスが少ないことが、患者から家族や医療スタッフへの感染が見られなかった原因と著者らは考察している。

 患者1と2の下気道標本から抽出したRNAを利用してRdRp遺伝子とN遺伝子の配列を調べたところ、同一だった。2人の患者が同じ病室に入院していた時期に基づいて潜伏期間を推定すると9~12日となった。

 2人とも免疫抑制状態にあったことから、免疫機能の低下はMERS-CoV感染の危険因子と見なすべきだろうと著者らは述べている。

発症初期に看病した妻や母親への感染は見られず
 Memish氏らは、12年11月にサウジアラビアの首都リヤードで親族内に発生した4人の患者の臨床経過、治療の転帰、家族との関係などを分析した。この家族は、親戚も含めて複数の家族が大きな一つの建物の中の別の部屋で暮らしている複合家族だった。

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