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 2020年は東京オリンピックが開催される記念すべき年ですが、介護保険制度の施行からちょうど20年がたつ節目の年でもあります。そんな区切りの時期を迎え、介護ビジネスの現状から新しい方向が見えてきました。

画期的だった営利法人の活用策
 2000年4月に創設された介護保険は、国民の相互扶助に基づく社会保険制度です。在宅の要介護高齢者を家族が介護して疲弊していた社会問題を解消すべく国が導入。高齢者が自らの権利で介護サービスを選択して利用できる点が特徴です。

 画期的だったのは、介護サービスの供給基盤の整備に当たって営利法人の力を活用したこと。「民間企業の参入を認めれば、サービス供給量を短期間で増やせる上、競争を通じてケアの質を向上できる」と当時の厚生省の担当官は期待していました。

 その目論見通り、制度スタート当初は営利法人が相次いで参入し、計画に沿って介護サービスの基盤整備が進みます。しかし1~2年が過ぎると、予想を上回るスピードで要介護認定者の数が伸び、特に要支援、要介護1の軽度者が急増。一方で中小・零細の介護事業所が数多く生まれ、「供給が需要を作り出す」事態を招くとともに、ケアの質が問題視され始めました。

 営利法人の参入は介護サービスの基盤整備という点で成果を上げましたが、その半面、給付費が膨らみ、保険料アップやサービスの質の低下につながる恐れが出てきたわけです。

 これらの問題点を踏まえ、介護保険制度は施行からわずか6年で仕組みが大幅に変わります。制度の持続安定性を目指して、厚生労働省は2006年4月に介護予防の取り組みを強化すると同時に介護報酬の体系を再編。施策を「サービス量の拡大」から「ケアの質の確保」へ転換し、重度者のケアを評価する一方で軽度者のサービスの報酬を引き下げたのです。

 居宅サービスの介護報酬引き下げは、民間事業者に打撃を与えました。中でも当時、訪問介護の最大手だったコムスンは、給付抑制後も拠点拡大や収益確保にこだわり、現場は職員配置の虚偽申請や不適切な報酬請求に手を染めていきます。その不正の実態が次第に明らかになり、2007年12月、介護事業撤退という結末を迎えました。

 この「コムスン・ショック」の経験から、営利法人の経営者たちは介護ビジネスが報酬体系や保険制度の改正に大きく左右されるリスクを痛感したのです。

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