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 「世界は誰かの仕事でできている。」

 日本コカ・コーラの缶コーヒー「ジョージア」で使われた言葉なので、ご記憶の方もいるだろう。世の中には様々な仕事があり、そのどれもが掛け替えのないものであるからこそ、この世界は成り立っている。それをたった15文字で、見事に表現した名コピーだと感嘆する。

 記者として、自分の仕事は誰かの役に立っているのだろうかと自問することがある。魅力的な人、画期的な製品、世の中を変えるような技術…。こうした対象に出会い、その素晴らしさを1人でも多くの人に伝えたい。それが記者として働く私の原動力であり、(もちろん毎度ではないが)それが出来たと実感するとき、私は無類の喜びを感じる。

 一方、この仕事の嫌な部分はもちろんある。私の場合、不祥事や事件が発生した際の謝罪会見は気が滅入る。社長(もしくは組織のトップ)が「申し訳ありませんでした」と頭を下げると、一斉にフラッシュが焚かれる。趣味の悪い記者は、頭を何秒間下げていたか、腰を何度に曲げていたのかを目ざとくチェックする。発言者の言葉尻を捉え、ネチネチと執拗に、相手の非を責め続ける。

 報道している方は「自分は社会の悪を叩いている」と高揚感に浸っているのかもしれないが、私の眼には、同業の所業が「公開いじめ」と映る。対象が泣いたり、取り乱したりすれば、しめたものと言わんばかりに、一斉にフラッシュを浴びせる。その方が“絵”になるからだ。

 無論、問題を起こした組織に非があるのは間違いないが、必要以上に責め立てて問題解決につながるのだろうか。むしろ、こうした謝罪会見の副作用が、日本社会に「ゼロリスク症候群」を蔓延させる一因になっていると私は考えている。何か少しでも問題を起こせばマスコミに叩かれてしまう。その恐怖心から、企業も役所も学会も「事なかれ主義」に陥ってしまっていると感じる。

 リスクを無くすことが出来れば素晴らしいことだが、現実的には難しい。むしろゼロリスクを求め過ぎることが、別のリスクを増大させてしまっていることがままある。その最たる例が、ワクチンを巡る悲劇だ。

年間3000人の女性が亡くなる子宮頸癌
 今からおよそ6年前の2013年6月、厚生労働省は子宮頸癌ワクチンについて「接種を積極的にはお勧めしません」と全国に通達を出した。

 子宮頸癌ワクチンは世界120カ国以上で認可されており、その予防効果は世界保健機関(WHO)も認めている。日本は米国や欧州から3年遅れて2009年末に認可した。2014年4月に予防接種法を改正して、無償で接種が受けられる「定期接種」の対象に格上げしたばかりだった。わずか2カ月余りで、評価が一変することになった背景には、マスコミの偏った報道があった。

 子宮頸癌は、ヒトパピローマウイルス(HPV)に感染することで発症する。性行為を行う女性の50%から80%が、生涯で一度はHPVに感染すると報告されている。感染したとしても、90%以上の場合、ウイルスは2年以内に自然に排出される。しかし、ウイルスが自然に排出されず、数年から数十年にわたって持続的に感染した場合、癌になる可能性が高まる。

 日本では毎年1万人近くが新たに子宮頸癌と診断され、1年に約3000人が死亡する。特に20代から30代の女性がかかる癌として最も数が多く、「マザーキラー」という異名が付くほどだ。

 HPVは皮膚や粘膜に感染するありふれたウイルスで、100種類以上の型がある。そのうち癌を発症しやすい型(16型や18型など)が分かっており、これらの感染を予防するワクチンが開発され、米国と欧州では2006年に認可された。ワクチンを投与すると、ウイルスに感染しても癌化する過程の異常を9割以上も抑制できることが確認されている。

 日本でも2009年末に子宮頸癌の予防ワクチンが認可され、2010年からは国と自治体が、希望者に対して費用を助成する制度が始まった。対象となるのは小学6年生から高校1年生までの女子児童・生徒。認可からわずか3年余りで、ワクチンを打った人は推定328万人に急拡大した。2013年4月からは無償で受けられる「定期接種」に追加され、増加ペースがさらに上昇した矢先だった。

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