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 『日経メディカル』2017年5月号の「判例に学ぶ医療トラブル回避術」というコラムで弁護士の北澤龍也氏が、専門細分化が進みゼネラリストが少ない日本の医療欠陥を象徴する過誤事例を紹介している。

 施設に入所する50歳代男性Aさんが腹痛を訴え、B病院を受診。B病院のC医師は上腹部の圧痛、軽度の反跳痛を確認し急性腹症を疑ったが、時間外で検査ができないためD病院を紹介した。Aさんは18時ごろD病院を受診し、循環器を専門とする内科のE医師が診療に当たった。Aさんは問診票に「本日ヒル~胃がしめつけられる様に痛い」と記載。腹部X線検査が施行され、E医師は「便秘症、腸管蠕動不全疑い」と診断し、グリセリン浣腸(60mL)を行った。

 その後も腹痛が続くためAさんは再度B病院を受診。腹痛で動くのもつらそうな様子だったが、精神科のF医師はE医師作成の報告書に従いネオスチグミン筋注とグリセリン浣腸を行った。23時ごろ施設に戻ったAさんは、排便があり腹痛は軽減したとのことで自室のベットに誘導されたが翌朝、自室で死亡しているのを発見された。死体解剖の結果、腹腔内に1L以上の混濁性が高い濃度の血液貯留を認め、十二指腸穿孔により汎発性腹膜炎を発症、敗血症性ショックで死に至ったとされた。

 Aさんの遺族は医師が必要な問診や検査を行わず消化管穿孔を見落とした過失があったとしてD病院の開設者とE医師を相手取り、損害賠償を求める訴訟を提起した。裁判所はE医師がAさんの腹部を触診せず、小腸拡張や遊離ガス像など消化管穿孔を示唆するX線所見を見落としたと認定。消化管穿孔を疑い、腹部CT検査を行うため高次医療機関に転医させる義務があったにもかかわらず、転医させず帰宅させたことは注意義務違反であるとして賠償を命じた(大阪地裁2015年5月26日判決)。

一般内科医でも読み取れる所見を見逃す専門医
 E医師は大学病院の准教授として下級医師を指導する立場にあったという。高次医療機関に勤務し循環器領域の専門医療に従事する医師に消化管系の急性疾患を適切に診断することを求めるのは酷だという見方もあろう。実際の裁判でも被告側は、事後的に見れば遊離ガス像があったと認められるが、E医師の当時の読影能力を前提とすれば、遊離ガス像などの穿孔を示唆する所見を読み取ることは困難だったと主張した。

 しかし裁判所は、AさんのX線写真には小腸拡張や横隔膜下の遊離ガス像が明らかに認められ、一般内科医でも問診票やX線写真により上記所見を疑って精査を進めるのは必須であるなどとする複数の鑑定人(消化器科医)の意見を取り入れ、E医師の注意義務違反を認定している。

 このように患者側が診断時の見落としを主張、医師側が専門外で診断が困難だったとして争う裁判例は少なくない。腹痛を訴える男性患者(当時76歳)が500床超の地域基幹病院に搬送され、救急外来担当の内科医が消化管穿孔に伴う腹膜炎を見逃し帰宅させ、今回と同様、医師の過失が認定された事例がある(名古屋地裁2011年1月14日判決)。このケースでは、初診時の血液検査と腹部X線(臥位)に異常がなく意思疎通が困難だった状況にもかかわらず、強い疼痛や嘔吐などの臨床症状から腹部の重大疾患の可能性を疑うべきだったとして、担当医に腹部CT検査を実施すべき注意義務違反があったと判示した1)

 一方、消化器内科医が胸痛患者の急性冠症候群を見逃して患者は死亡、一審は専門外の医師の転医義務違反を認めたが、二審では徴候の把握が困難だったとして過失が否定されたケースもある1)。この患者の胸痛症状は比較的軽度で急性心筋梗塞の典型症状でなかった上、心電図所見も典型的な持続性ST上昇には該当していなかったことから、高裁は初診医に「循環器専門医と同等の判断を要求することは酷といえ、心電図における急性心筋梗塞を疑わせる所見を見逃したことは、やむを得ないものだった」と結論づけ、一審判決を破棄し患者側の請求を棄却した(福岡高裁2010年11月26日判決)。
 

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