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記者の眼

製薬企業がデジタルヘルス分野に乗り出す理由

 デジタル技術を活用して医療・健康・介護分野に対して新しい価値を提供しようという、デジタルヘルス分野の研究開発や事業化の動向が面白い。日ごろは日経バイオテクの編集長として、主に医薬品や機能性食品、バイオ関連製品の研究開発について取材しているが、隣接分野であるデジタルヘルス分野についても興味深く見ている。当社では「日経デジタルヘルス」という姉妹サイトも運営しており、日経メディカル Onlineにも「日経デジタルヘルスSelection」として記事を転載しているので、読者の中にもこの分野に関心をお持ちの方は多いと思う。

 「デジタルヘルス」という分野に明確な定義はなく、何をこの分野に含めるかは人によってまちまちだが、以下の4つの分野を統合した領域というのが多くの人の共通認識ではないだろうか。

 まず1つ目は、いわゆるウエアラブル端末を含め、様々なバイタルサインを計測するデバイス類と、その関連サービス。リストバンドや腕時計、眼鏡、衣類、寝具など、日常的に身に着けている物に様々なセンサーを取り付けた製品などが積極的に開発され、既に発売されているものもある。

 2つ目は、スマートフォンのアプリやウェブサイトなどで個人の健康情報などを記録、管理するサービス。アプリやウェブサイトでユーザーや患者同士を結び付けるサービスや、アプリを用いた服薬管理システムなどもこの範疇に含まれる。こちらも様々なものが提案されているが、いかにしてマネタイズするかが課題になっている。

 3つ目は医療ビッグデータと呼ばれる分野。医療機関における電子カルテなどの標準化、ネットワーク化、医療・健康・介護情報のデータベースの整備、人工知能などによるそれらデータの活用などが主なテーマとして挙げられる。

 4つ目がいわゆる遠隔医療。医療機関間、医療機関と自治体、医療機関と個人とをネットワーク化する様々なものが提案されている。

「デジタルヘルス市場は2020年には1000億ドル超に拡大」
 情報通信技術(ICT)の進展や、政府による医療費抑制の圧力強化、個人の健康志向の高まりなどを背景に今後、この分野は急速に拡大するとみられている。コンサルタント会社のローランドベルガーが2015年3月にまとめた『デジタルヘルスの本質を見極める』と題する報告書によると、上記とほぼ同様の分野を含む市場は2014年には約20億ドルだったが、2020年には1000億ドル超に拡大するとしている。

 なお、個人向けのウエアラブル端末やアプリなどを用いたサービスと、医療機関や地域における情報ネットワークなどインフラの話を混在させると焦点がぼけるので、ここでは主に個人の健康状態などを経時的に計測、記録、集積し、健康管理などにつなげていくツールやサービスなどについて議論を進めていきたい。

 このデジタルヘルス分野の事業に強い関心を示しているのが製薬企業だ。6月24日に東京工業大学で開催された「『医薬×ICT』のフロンティア」と題するシンポジウムでは、バイエル薬品、ファイザー、武田薬品工業でデジタルヘルスのイノベーションに関わる担当者が登壇し、各社それぞれの取り組みなどについて紹介した。

 製薬企業がデジタルヘルスに高い関心を持つ理由の1つは、これらのデバイスなどを利用することで治験コストの削減につながる可能性があるからだ。例えば、心電図や心拍数、体温などのバイタルデータを24時間連続計測できるデバイスを被験者に使用してもらうことで、被験者の来院頻度を減らしたり、有害事象を速やかに検出したりできる可能性がある。被験者の行動範囲を全地球計測システム(GPS)で捕捉すれば、QOLを評価する新たな指標として活用できる可能性もある。実際、米Medidata Solutions社のように、治験の中でウェアラブル端末を活用することを提案するCROも登場している。

 また、大塚製薬と米Proteus Digital Health社が、抗精神病薬エビリファイ(一般名アリピプラゾール)の錠剤に小型センサーを埋め込み、体に貼ったパッチ型シグナル検出器でセンサーの信号を検出して服薬管理できるようにした、いわゆるスマートピルを昨年FDA(米食品医薬品局)に承認申請して話題となったが、このように医薬品と一緒に利用することで服薬コンプライアンスを向上させたり、適正使用を促すということも、製薬企業がデジタルヘルスに関心を寄せる動機になっている。さらには、薬剤費が医療費削減の大きなターゲットとされる中で、医薬品に経済合理性があることを各種のデータをもって証明していく必要に迫られていることも動機として挙げられるだろう。

 シンポジウムでは登壇者から、「製薬業界がデジタルヘルスのマネタイズのドライバーになる」との発言もあったが、製薬企業がユーザーとなることでデジタルヘルスの市場が立ち上がっていくというシナリオは十分に考えられる。
 

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