日経メディカル誌で連載中のコラム「カンファで学ぶ臨床推論」2016年4月号では、急な眠気と脱力を主訴に救急外来を受診した80歳代男性に対し、諏訪中央病院(長野県茅野市)の研修医たちが臨床推論に取り組んだカンファレンスの様子をまとめています。
この患者は前日夜、寝転がってテレビを見ていたら急な眠気を感じ、そのまま倒れるように眠りに就いたということでした。息子さんはしばらく様子を見ていたものの、その日は布団を掛けて寝かせたそうです。翌朝、患者はトイレに行こうとしたものの、うまく立ち上がれず倒れてしまい、夕方までに改善傾向が認められなかったために救急受診しました。
カンファレンスでは症状や身体所見が少しずつ提示されていきますが、答えから先に言うと診断は視床出血でした。
この議論で司会を務めた諏訪中央病院総合診療科の佐藤泰吾先生の問い掛けと研修医のやり取りのうち、非常に興味深く感じたのは、患者が生活している地域・文化を知らないと正しい診断に至らない、という佐藤先生のコメントでした。
以下に、その辺りの会話を引用します。
佐藤 この時期(編集部注:カンファレンスが行われたのは3月)にこういう症状を呈している患者さんが来たときに必ず聞かなければならないことがありますが、知っていますか。
研修医A 山菜採りでしょうか。
佐藤 この大雪の中で山菜採りはしないけれど、これから山菜が出る時期になっていくので、間違って変なキノコを食べてしまった可能性も考えることは重要ですね。他にありますか。
研修医B 豆炭です。
佐藤 そう豆炭! 豆炭は石炭を豆状に成形した固形燃料です。都会ではコタツに電気を使いますが、信州では燃えた豆炭をカセットに入れてコタツの中に置きます。昔の家屋はすきま風が吹くような家だったので良かったのですが、今では気密性が高まっているので、一酸化炭素中毒が起こりやすいんです。皆さんは豆炭を知っていますか。
研修医C 知りません。東京出身なので。
佐藤 そうですか。(症例を提示した)山田先生、豆炭を使用しているか聞きましたか。
山田 聞きましたが、使っていないということでした。
この会話を聞いていて、山菜採りは信州だけでなく他の地域でもよく行われるため、中毒を疑った際の鑑別診断に挙がることには納得がいきましたが、恥ずかしながら豆炭はその言葉さえも初めて聞くものでした。
実際、研修医のC先生は東京出身で、知らないと答えています。一方、山田先生と少なくともB先生は豆炭を知っていて、山田先生は実際に患者に豆炭の使用の有無を聞いています。お二人とも信州のご出身でしょうか。
皆さんは、このように地域ならではの特色があるものの存在を知らなかったが故に、鑑別診断に難渋した経験をお持ちではないでしょうか。地方だけでなく、意外と都市部であっても、その地域に根強く残る独特の文化や行動がある気がしています。あるいは、その地域が置かれた社会的状況も忘れてはいけないことだと感じました。
その最たるものの1つは高度成長期に特定の地域で起こった公害なのでしょうが、もっと身近な、他の地域出身では思いも寄らないけれど、「うちの地域でこういう症状を見たら、これを疑え!」といった一覧があれば、日本の医療における大切な共有財産になるのではないでしょうか。そんな鑑別診断がありましたら、ぜひお知らせください。
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