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 だんだん気温と湿度が上がってくると、もうすぐ夏休み。旅行に行くならそろそろ計画を立てなければなりません。子どもの頃の夏休みといえば、冷房の効き過ぎた学童保育室で冷え切ったお弁当を食べる毎日、というようなさえない思い出ばかりですが、それでも夏休みを素晴らしいもののように感じるのは、本を読む暇がたくさんあったからでしょうか。

 日経ドラッグインフォメーション6月号の特集「処方箋の裏側Special 2015」の取材では、夏休みの課題図書の主人公の1人に間接的に再会する機会がありました。『ツバメ号とアマゾン号』(アーサー・ランサム著、岩波書店)のロジャです。『ツバメ号とアマゾン号』は、ウォーカー家の4兄弟姉妹(ジョン、スーザン、ティティ、ロジャ)が、英国湖水地方の湖でヨットに乗ったり、島でキャンプをしたりして夏休みを過ごす、というお話。原著の出版は1930年、日本では1950年代に翻訳出版が始まり、2010年には新しい文庫版が出版されています。

 ランサムはこの本を執筆するに当たり、友人の孫をモデルにキャラクターを作りました。それがアルトニャン家の子どもたちでした。アルトニャン家はシリアの出ですが、母方の祖父が湖水地方に住んでいたため、一緒に夏休みを過ごすために渡英していました。

 物語の中では、ロジャは一番小さい男の子で6、7歳。冒頭で、スクーナー船になったつもりで丘をタッキングし(間切り)ながらジグザグに駆け上ったり、ペミカン(肉の缶詰みたいなもの)にマーマレードを塗って食べたいと言ってみたり、オールにからみついてくる沼地のスイレンを「タコかもしれないよ」と怖がったりと、とてもかわいい弟キャラです。
 
 今回、特集の取材のため伺った用賀アレルギークリニック院長の永倉俊和氏から、成長後のロジャのお話を伺いました。

医師になりクロモグリク酸ナトリウムを発見したロジャ
 ロジャのモデルになったロジャー・アルトニャンは医師になることを選び、英国で教育を受けました。1950年代、アルトニャン博士は、中東産のセリのような植物で、民間療法で用いられていた薬草khellinに含まれる化合物に喘息を治療する効果があると考えるようになります。そこでkhellin由来の数百の化合物の効果を試すことにしました(米国立医学図書館のアーカイブ)。

 その際、実験台にしたのは自分でした。アルトニャン博士はモルモットアレルギーだったので、自分を抗原感作しては化合物を吸い込み、スパイロメーターで肺機能を試す、ということを繰り返し、クロモグリク酸ナトリウム(商品名インタール他)を発見しました。用賀アレルギークリニックのウェブサイトには、永倉氏が1980年代、晩年のアルトニャン博士を訪問した際のエピソードが掲載されており、知っていて読むと「あの人は今」的な驚きがあります。

 有名な児童文学の登場人物のモデルのその後は気になるもので、よく追跡されています。例えばアリス・リデル(「不思議の国のアリス」他)は結婚して3人の子どもに恵まれ82歳まで生き、クリストファー・ロビン(「くまのプーさん」他)は作家になって書店を経営したりしていました。しかし、医師になって薬を開発していた例には今回初めて出会いました。

 大英帝国の栄光が残っている時代に、素晴らしい子ども時代を過ごしたロジャ。第二次世界大戦を経て、医師として業績を残しつつ、サッチャー改革の時代を経験するというのは、大変な人生だっただろうと思います。この夏にはもう一度、「ツバメ号」のシリーズを読み返してみようと思いました。
 

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