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記者の眼

時津風部屋「力士急死事件」から7年目の知らせ

 2014年8月13日付の日経新聞朝刊の社会面に掲載された、約170文字の小さな記事を見て、思わず「あっ」と声を上げてしまった。「山本順一氏(大相撲の元時津風親方)12日までに死去、64歳」。肺癌で亡くなったという。ご冥福をお祈りする。

 かつてテレビや新聞などのマスコミが大々的に報じた「力士急死事件」の中心人物を、いまどれくらいの人が覚えているだろうか。

 その事件は、2007年6月26日に時津風部屋で発生した。時津風部屋の序ノ口力士「時太山(当時17歳)」が稽古中に倒れ、搬送先の愛知県犬山中央病院(当時)で死亡が確認された。

 当初、時太山の死因を病院側は「心不全」としたが、愛知県警は「虚血性心疾患」と発表した。そして時太山を指導する立場にあった元親方の山本氏は記者会見で「原因は分からない」と話し、稽古中の暴行や制裁を否定。その結果、愛知県警は事件性がないと判断したのだった。

 ところが、6月28日に遺体を再度解剖した新潟大学法医学教室は、バットなどで殴られた無数の傷による「外傷性ショック」が死因だと判断し、鑑定書を提出することになる。その後、名古屋大がもう一度鑑定を行い、愛知県警は2008年2月に山本氏と兄弟子3人を傷害致死容疑で逮捕、2011年に山本氏に対する同罪で懲役5年の実刑判決が確定した。

 世間一般においては、その後に続々と発覚する「野球賭博問題」や「八百長問題」などと合わせ、大相撲人気が凋落していく発端となった事件として歴史に刻まれただろう。しかし、医療業界からすると別の側面がある。当初「心不全」「虚血性心疾患」とされていた死因が暴力による「外傷性ショック」に覆されるという事態が、マスコミによる報道で多くの人の知るところとなり、日本の死因究明体制への不信を招いた事件として、医療者は忘れてはいけないはずだ。

死因究明体制の早期改善を
 私は『日経メディカルCadetto』誌でこの件を記事にするため、「外傷性ショック」だと判断した新潟大学法医学教室を訪ねた。実際に解剖した准教授の先生は、急な取材依頼にもかかわらず嫌な顔一つせず、夕刻から夜にかけて長時間対応していただいた。しかも取材後に、土地勘のない私を心配した先生が晩ご飯(とても美味しかった)にまで付き合っていただき、そのおかげもあり、日付が変わる頃には原稿をデスクに送信できたことを記憶している。

 「外傷性ショック」の鑑定結果を導くことになった遺体の再解剖を希望したのは、当初の死因を不審に思った遺族だった。遺族が新潟県警に相談を持ちかけ、その県警と新潟大法医学教室が普段から良いコミニュケーションを取っていたことで県警が大学に話を回し、再解剖の実施につながったという。「遺族の思いに真摯に対応した新潟県警のファインプレイだった」と先生は取材で語っていた。

 もし相談した警察が動いてくれなかったら、もし警察と病院の仲が悪かったら……。歴史に「もし」を考えるとキリがないが、恐らく「外傷性ショック」の結論は出なかっただろうし、山本氏の判決も違っていただろう。そういった意味で、再解剖の実施により真実の死因を手繰り寄せたことは、この悲劇的な事件の中での幸運だったといえる。

 折しも、今年6月に「政府が今後重点的に行う死因究明の8つの施策」が閣議決定された。12年4月に成立した「死因究明等の推進に関する法律」に基づくものだ。

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