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記者の眼

必要なのは医師の数か?医学部新設と僻地医療

 医学部新設を巡っての議論がかまびすしい。昨年12月の閣議決定で、東北地方に1校、医学部新設が認可される方針が決まったことに加え、地域を限って規制を緩和する国家戦略特区についても医学部新設が議論されている。

養成数だけは増えたけれど
 「教員確保のため、医療現場から多くの医師を引き上げざるを得ず、地域医療の崩壊を加速する」などとして日本医師会は猛反発。全国医学部長病院長会議も国家戦略特区の医学部新設に対して、「国内の大学・研究機関から高い研究能力と教育能力を持った教員を引き抜くことは、(中略)、大学医学部にとって大きな痛手」などとしてやはり断固反対の立場だ。

 地方や僻地での医師不足解消を前提とした医学部新設の論議。医師養成数は2000年代後半から増え続けているが、少なくともミクロレベルで東北地方や北海道などの地域医療、僻地医療の現場を見渡す限り、医師養成数が増えて医師確保が好転に向かう兆しは見られない。

 ちなみに2014年の医学部入学定員は9069人で、2007年の7625人から実に1444人も増えている。一気に693人増えて8486人になったのが2009年だから、まだ卒業生が出ておらず、本当の効果が出始めるのはこれから、という見方もできる。

 しかし、「今のまま」では僻地の医師不足が解消する保証は全くない。医師偏在是正や、僻地での医師定着・循環のシステム作りがほとんど進んでいないからだ。

スーパーマン僻地医は時代遅れ
 今年2月、東日本大震災の被災地を2年ぶりに取材で訪れた。その時に聞いた宮城県の気仙沼市立本吉病院院長・川島実氏の「いつまでも本吉にいるつもりはない」という言葉が耳に残った。

 川島氏は、震災直後に本吉病院の医療支援に携わった縁もあり、2011年10月にそれまで務めていた山形県の庄内余目病院を退職して、院長として赴任した。人口約1万人の本吉町地区で同病院は唯一の医療機関。震災直後、前院長など2人の医師が相次いで退職、医師不在の病院にいわば“救世主”として着任したわけだ。川島氏は、前院長が診てこなかった小児科や小外科も担当。在宅医療にも積極的に取り組み、本吉地区の“家庭医”として住民から絶大な信頼を受けるまでになった。

 2月の取材でその川島氏は、「震災後に気仙沼で始まった在宅医療をさらに拡げたり、総合診療を手掛けたりして、地域の役に立ててよかった。半面、最近では住民の『ずっと本吉にいてほしい』という期待を感じる。ありがたいことだが、私も含めこの病院の医師は家族や親元を離れて働いているのが実情。昔のようにスーパーマン的な医師の熱意と犠牲で成り立つ僻地医療はこれからの時代に通用しない。私が仮にいなくなっても持続可能な僻地医療のシステムを作りたい」と語り、「いつまでも本吉にいるつもりはない」と続けた。

 「いつまでもいない」と公言する川島氏に対し、地元の医療関係者や住民の中には「中途半端で放り投げるな」といった声も出ているようだった。


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