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記者の眼

STAPとiPS細胞に生まれた不幸な誤解を解く

2014/03/10
宮田 満=医療局特命編集委員

 “夢の万能細胞”STAP細胞を巡る騒動もやっと終息に向かい始めた。2014年3月5日、理化学研究所発生・再生科学総合研究センター(神戸市中央区)が、再現性が疑われていたSTAP細胞樹立に必要なコツをやっと公開(STAP細胞の研究成果について)、この混乱を収める第一歩を歩みだした。

 今年1月30日、英科学誌ネイチャーの巻頭を飾ったSTAP細胞の論文は、わが国で科学者だけでなく一般市民にも大きな関心を呼んだ。一度分化成熟した細胞は、核移植や山中4因子の遺伝子導入などよっぽど劇的で人為的な操作をしない限り、後戻りして受精卵のような多能性を獲得(初期化)することはない、という細胞生物学の常識を覆したことが科学者を驚愕させた。

 加えて一般市民を熱狂させたのは、この発見を報告した理研発生・再生科学総合研究センター・細胞リプログラミング研究ユニットの小保方晴子ユニットリーダーが30歳と若く、そしてTV受けする“女子力”豊かな研究員だったためである。発表と同時に数多のモーニングショーにまで取り上げられた。STAP細胞そっちのけに、彼女のファッション、ペットであるスッポン、カラフルでムーミンのシールがべたべたと貼ってある研究室、そして割烹着で実験する小保方さんの姿が衆目を釘付けした。元特許庁のトップが真顔で「小保方さんは何枚割烹着を持っているのだろうか?」と問い合わせてくるほどのフィーバーとなった。

 しかし、メディアが人為的に合成した“国民的ヒロイン”の賞味期限は1カ月ももたなかった。相次ぐ論文の図の誤用や他の論文からのコピーペーストの痕跡など疑惑がウェブ上で指摘され、理研や科学誌ネイチャーまでが調査を開始した。さらには1週間で樹立できると喧伝されたはずの、STAP細胞の追試が現在に至るまで論文の関係者を除き成功したという報告がないという事態に至り、わが国のマスメディアは一転、一斉に疑惑を書き立てた。皮肉なことにメディアでは女性週刊誌だけが、小保方ユニットリーダー擁護に廻るという倒錯した状況となっている。

記者会見でだけ配られた1枚の補足資料が騒動の最大の原因

 理研は箝口令は敷いていないというが、共同研究者である理研の研究者は貝となって口を閉ざし、唯一、理研から山梨大学生命環境学部に移籍した若山照彦教授だけがSTAP細胞の研究を擁護するために国内外のメディアの取材に応じて孤軍奮闘しているだけだ。このままでは、STAP細胞という多細胞生物システムの恒常性を維持するために必要な組織再生や修復という現象を解明できるかもしれない魅力的な科学的仮説と有能な女性研究者の前途が、理不尽に葬り去られる可能性すらある。

 取材を進めると、こうしたマスメディアでの毀誉褒貶の原因は、理研の説明を鵜呑みにして無批判に報道したメディアの責任と、難しい科学より小保方さんの個性に着目する大衆の好奇心にも責任はあるが、STAP細胞の成果を発表した理研の記者会見とその後の対応にも大きな原因があった。現在でも公にされていない記者会見でだけ配られた1枚の補足資料に、この騒動を引き起こした最大の原因があった。この補足資料は、小保方ユニットリーダーの共同研究者が作成・配布、理研の広報の事前チェックはなかった。
 

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