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記者の眼

揺れる徳洲会、大義「生命だけは平等だ」の行方

 昨年末の衆院選で、医療法人徳洲会の前理事長、徳田虎雄氏の次男、徳田毅氏が立候補した鹿児島2区に、600人近い病院職員らを全国から派遣、選挙運動に当たらせ報酬や旅費約1億5500万円を支給したとして、徳田氏の親族らが公職選挙法違反容疑で逮捕され、12月3日には毅氏の姉ら8人が起訴された。一方で、猪瀬直樹東京都知事が徳洲会から5000万円を受け取っていた事実も判明、事件は公職選挙法違反の枠組みを超え、政界をも揺るがす事件へと様相を変えつつある。

 徳洲会グループは、医療法人徳洲会を核に、複数の医療法人や個人立病医院、社会福祉法人などで構成される。病院の数だけでも66に上る。事件が拡がりを見せる一方で、医療関係者の興味は、選挙運動を主導したとみられる徳田虎雄氏の今後と、徳洲会グループの行く末に移っている。

 税法上の優遇を受けている社会福祉法人(2法人)や、特定医療法人(1法人)の認可取り消しとなれば、法人経営の根幹が揺らぐ。さらに、医師を初めとする医療職の流出が起これば、グループの医療機関の存続さえ危うくなり、地域医療に与えるダメージは計り知れない。

 徳洲会はなぜここまで巨大化したのか、「生命だけは平等だ」の理念はこれからも生き続けるのか――。『日経メディカル』、『日経ヘルスケア』の過去記事を元に徳洲会のこれまでを振り返ってみる。

転換点は1985年の第1次医療法改正
 徳洲会の歴史は、そのまま医師会、厚労省(国)との“戦い”の歴史でもある。徳田虎雄氏は、1973年に大阪府松原市に徳田病院(現在の松原徳洲会病院)を開設して以降、大阪府内のみならず全国で病院を開設してきた。今から35年前、4つめの病院を開設した直後、『日経メディカル』のインタビューで徳田氏は「今年は3大冒険をしたい。(中略)。3つ目は大阪以外の他の府県に設立する、ということです」(78年9月号)と語り、「年中無休、24時間オープン」の病院を全国展開すると宣言した。

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