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記者の眼

医師がリアルワールドの英語力を手に入れるには?

今年8月1日からの3日間、軽井沢で開催された日本リウマチ学会の第1回国際育成セミナー

 仕事柄、国内外の学会に出かける機会が少なくない。取材対象となるのは、米国心臓病学会などといった各分野の基幹学会であることが多いため、日本の研究者を見かけることも多い。

 プレゼンテーションの公用語は英語であり、特に欧州の学会では、多くの発表者が母国語ではない言語で発表することになる。こうした非英語圏の発表者の中で最も苦労しているのは、残念ながら日本の研究者のようだ。

 口演の場合、日本人発表者も滑らかな英語で発表する。日本人にとって聞き取りやすい日本語なまりの英語という点を差し引いても、中東やインド、中国などの研究者に比べ、流ちょうと感じることが多い。

 ところが、発表が終わり、フロアからの質疑になったとたん、事態は急変する。日本人発表者の多くが質問を聞き取れない。状況を察した座長がフロアからの質問を要約し、小声で発表者に分かりやすく伝えるが、今度は頭の中にある答えを英語で組み立てられない。こうなると発表者の頭の中は真っ白になってしまい、立ち往生してしまう。結局、拍手の中、そのまま演台を降りることになる。

 一方、プレゼンでは日本人よりもたどたどしく英語を話していた他国の研究者のほとんどが、質疑の場では的確なやり取りを行う。様々な母国語のなまりがある質問者の英語を、ちゃんと聴き取っているわけだ。

 白状すると、自分の英語力も貧弱で、フロアからの質問を聞き取るのはとても難しい。スライドが示されるわけでもなく、質問者は自分の質問内容やコメントを限られた時間に伝えるため、かなり早口になるからだ。

 こうした学会の場で交わされる英語は、せいぜい高校初級の水準だ。それなのに立ち往生してしまうのは、「ふだん英語で議論する場がない」ということに尽きるのではないか。日本は東京医学校の開設以来、140年にわたる近代医学教育の歴史があり、母国語で一貫した医学教育が受けられる数少ない国の1つ。それ自体は誇るべきことだが、医学が英語で進歩する以上、第一線の研究者が英語を使いこなせないのはまずい。

若手に国際交流の機会を設ける動きも
 日本の医学界も長らく、こうした状況に危機感を持っており、打開の努力を続けてきた。

 一貫してそうした動きの先陣を切ってきたのは日本循環器学会だ。2001年の京都大会から学術集会の公用語を英語に切り替えた。「英語セッションの討論が貧弱」などの批判もあって、近年は英語セッションの割合が減り、「日本語・英語併用」が実態だが、今も基本的な方針は変わっていない。

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