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感染防御のフル装備で診察に当たる医師(沖縄県宮古島市で行われた新型インフルエンザ対策大規模訓練から)

 今はまだサウジアラビアを中心とした中東での出来事と思っていたのは、大いなる誤解だった。中東呼吸器症候群MERS)のことである。

 この夏、関西の開業医A医師は、MERSコロナウイルス感染が否定できない症例に遭遇した。呼吸器系の専門医でもあるA医師は、早速、保健所に相談。1種感染症病棟を持つ総合病院へも連絡をした。しかし、最終的には自らが診療に当たらねばならなかったという。匿名化を条件に、A医師にその経験を語ってもらった。

 今年の7月のことでした。50代女性が初めて来院しました。主訴は、3日前から続く咳と7日前からの下痢でした。女性は見るからに元気で、診察の結果は「軽症の風邪」でした。

 念のため、型通りに海外渡航歴を尋ねたところ、7月初旬まで地中海クルーズの旅をしてきたとのこと。続けて、停泊先では街中を歩いたが、特に現地の人とは「濃厚な接触はしていない」と語りました。

 そこで私は「同行した人に同じ症状の人はいないか」と尋ねました。すると、2日ほど前から夫が咳をして、38度の熱を出して伏せっているというのです。

 クルーズの停泊地には中東の観光都市も含まれていましたので、私はすぐにMERSを意識した対応を進めました。

 本人もMERSのことがどこかで気になっていたらしく、「今、中東ではやっているらしいですね」と心配そうでした。

 私はMERSの基本的なことを話し、旦那さんについては、保健所など関連機関と相談した上で対応をどうするかを電話すると約束し、女性にはひとまず家に帰ってもらいました。

 診察後、私はまず保健所に電話を入れました。中東の都市を含む地中海クルーズに参加し帰国した男性が、38度の熱を出して咳をして苦しがっていること、さらにMERSも否定できないことを伝えました。その上で、どのように対応すべきかを相談しました。しかし、反応は鈍かったのです。MERSという言葉にも、ぴんとこない様子でした。結局、保健所の方から電話をするので時間をくれとの返答でした。

 その後、1種感染症病棟を持つ総合病院に電話しました。「問診だけではMERSを否定できない患者がいる。保健所に確認中だが、恐らくそちらに直接受診してもらうことになると思うので、準備しておいてほしい」と依頼しました。すると、「院長と相談したいので、また電話をしてほしい」との回答でした。

 保健所から私の携帯電話に連絡があったのは、往診に向かう途中でした。保健所は「ARDS(急性呼吸不全)などの症状はあるのか」と尋ねました。「そんなの分からない。そんな症状があったら非常事態だからご家族が電話で知らせてくるのではないか」と答えたところ、「分からないなら症例定義(注)に当てはまらないので、保健所としては対応できない」と言われたのです。突き放された──私はそう感じました。

 一度、保健所が下した判断が絶対に覆らないことは、これまでの経験から分かっていました。また、往診途中という非常に時間的に余裕のない状態でもありましたので、私は引き下がりました。そのときはまだ、「1種感染症病棟を持つ総合病院が何とかしてくれる」と期待していたからです。

 ところが、その考えがいかに甘かったかを思い知らされました。再び総合病院に電話したところ、「院長と相談したけれど、A先生も感染症の専門家なのだから一度診ていただいて、疑わしいようなら紹介してください」と、その患者の受け入れをあっさりと断られたのです。


 中東では、MERSの診療に当たった医療関係者にも犠牲者が出ていることを知っていたA医師は、「病院に受け入れを断られた時点で腹を括りました」と語った。結局、最初に受診した女性より状態が悪いと考えられた夫については、MERSを念頭に置いた診療態勢で臨んだ。

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