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記者の眼

「女性の医師に代わっていただけませんか?」というひどい言葉

 この記事を書くに当たり、過去に自分がどんな記事を執筆してきたか、アーカイブを検索してみた。目についたのは、「医師患者関係」に関するものだった。医師と患者が良好な関係を築くことが、ひいては良い医療にも結びつくはず。その一助となる記事を執筆したい――。そんな思いから、継続的に取材をしていた。

 背景には、幼年期の経験がある。私は幼稚園から小学校低学年の頃まで「じんましん」持ちで、定期的な通院を余儀なくされていた。診察室に入ると、担当医は付き添いの母とはコミュニケーションを取っていたが、私とはほとんど会話もなく、目を合わすのみ。ただただ毎回激痛の走る血液検査を実施し、毎回同じ薬を持たされて帰っていた。子供に難しい話をしても無駄だと思ったのか、母に説明をしたから良しと思ったのかは分からない。だが、言葉を交わすことのないその医師は、幼い日の私にとって恐怖の対象でしかなく、病院へ行くのが嫌で嫌で仕方がなかった。

 そういった経験もあったので、自分や家族が患者になった時には、とにかく医師と積極的にコミュニケーションを取るようにしてきたし、「医師患者関係」の記事は特に力を入れて書いていた。それが現場に良い影響を与えたかどうかは分からないが、少なくともそうするのが患者側としては重要な事だと思っていた。だが、取材を積み重ねるうちに、いつの間にか私は、「自分は医師患者関係について、少しは理解している」と天狗になっていったようだ…。

つい言ってしまった「言ってはいけない」言葉
 ある日、新たに医師患者関係を構築する大イベントがやってきた。妻の出産だ。妊娠したことが分かった後、自宅近くの総合病院での出産を決め、産婦人科に通うこととなった。私にとって初めての子で、とにかく舞い上がっていたのは確かで、そこで、やらかしてしまった。

 夫同伴での受診を求められた最初の診察日、私は、緊張と高揚が入り混じった精神状態で自分たちの番号が呼ばれるのを待合室で待っていた。妻もおそらく同じ気持ちだったと思う。機械で印字される診察受付票には、この日の担当である女性医師の名前と診察室の番号が記されていた。しばらくすると、私たちの番号を呼ぶ声が待合室に響いた。だが、指定されたのは、受付票に表記されたのとは違う番号の診察室。呼び出した声の主は男性だった。

 扉を開けると、やはり待っていたのは若い男性医師。「あれ?」と思って妻を見ると、妻も同様に固まっている。「はい、お入りくださ~い」と言われるが、2人とも動きがぎこちない。

 実は妻から「最初の診察は、できれば女性の先生がいい」と聞かされていた。初めての出産、女性同士の方が色々相談しやすいのだろうと思い、納得していた。当日、受付票に女性医師の名前が記されていたので、てっきり女性医師に診てもらえるものと期待していたのだ。そこで私はつい、「大変恐縮ですが、女性の先生に診察を代わっていただくことはできますか?」と言ってしまった。

 どうやらこの病院の産婦人科では、「自然分娩の場合は、いつ陣痛が始まって入院するか分からないので、産婦人科の担当医とはなるべく全員と顔馴染みになってほしい。よって、男性・女性・ベテラン・新人関係なく診察を担当する」というポリシーの下、妊婦健診を行っていたのだ。いや、これはこの病院だけに限らず、世の中の産婦人科では割と当然な話なのかもしれない。どちらにしろ、私の不勉強、リサーチ不足だったのは間違いない。私は妻の出産という大イベントを前に、初っ端から医師患者関係の構築につまづいてしまった。いや、自らぶっ壊したというのが正しい。

 その男性医師は、私の発言に不快な表情を見せることなく、優しい声で「はい、分かりました。少し時間がかかると思いますが、お待ち下さいね」と言い、看護師に状況を説明してそっと扉を閉じた。

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