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 私は日経メディカル オンライン(NMO)のテーマサイトである癌Expertsを中心に仕事をしている。中でも大きな比重を占めているのは国内外の学会取材で、昨年は国内10、海外16の癌関連学会をカバーした。当然ながら数多くの発表者と話をすることになるが、そこでいつも感じるのは、研究を通して患者のことを考え、勉強し、最適な治療を提供しようとしている参加者の姿勢だ。

 最近、研究に対する利益相反の問題がクローズアップされ、試験結果に対するバイアスの存在が疑われる事態も発生している。また、企業から医師への金の流れを明確化するという日本製薬工業協会(製薬協)の透明性ガイドラインの影響で、広告も記事も一緒に扱われ、取材を拒否されるという経験もした。どうも世間一般は、企業と医師との関係をネガティブな目で見ており、研究者もそれに対して防御的な姿勢を強めているようにも見える。

 確かに学会で発表すること、特に海外での学会発表は、研究者にとって名誉なことであり、誇りを持てることだ。名が上がることも確かだ。そして研究にはお金がかかる。

 しかし最初に書いたように、私が接した研究者から感じたのは、名を上げるといったことよりも、純粋に医学の進歩に寄与しようという姿勢だった。そう、黒子のようにだ。

 実は私は、このコラムを書くことに気乗りがしなかった。なぜならば、これは本来、記者が書くべきものではないと考えているからだ。記者は黒子に徹すべしというのが筆者の信念だ。

 記者が何か問題点を見出した時は、複数の相手から取材をする。必ず反対意見側にも取材し、中立の立場から記事を書く。そして言いたいことがあっても、取材対象者に言わせるのが鉄則である。そうして読者に最適な情報を提供するのが記者の仕事である。

 自分の意見をいろんなところで垂れ流したり、講演活動にいそしむのは、本分ではない。官僚が主導する審議会に名を連ねることも疑問で、中立で正確な情報が発信できるかどうか不安になる。記者が記事を書くのは、決して上司のため、官僚のためなどではない。読者のためにいろいろ考え、工夫をこらし記事を作成しなければいけないはずだ。

 医療の世界も、同様なことが言えるのではないだろうか。研究者にはこれからも黒子に徹して、よりよい医療を築きあげていっていただきたい、そのためのお手伝いができればと願っている。

 以上、自戒を込めて、考えていることを述べさせていただいた。生意気だと思われるようでしたら、お許しください。

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