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 先日、取材先の病院医師A氏から興味深い話を聞いた。あくまでも印象に過ぎないと断りながらも、最近、留学や国際医療協力を目的とするのではなく、海外に進出した日系企業の産業医などになる、いわば「出稼ぎ」として日本を出て行く若い医師が増えているらしいというのだ。

 話のきっかけは、「仕事は増えてもスタッフ数は増えませんね」という、取材後の雑談だった。仕事の内容は違えど、この状況は病院でも編集部でも変わらないということで意見は一致した。さらにA氏によれば、自身が週1回勤務している大学病院では、特に若手の男性医師が少なくなっている印象があるという。

 勤務医であれば、当然ながら開業が主要な選択肢になるだろう。数年前は「立ち去り型サボタージュ」という言葉も話題になったほどだ。だが、いなくなっているのは、今までの開業世代よりも若い世代だ。

 であれば、海外留学に出たまま戻ってこないということか。多くは研究者としてではあるが、留学先で常勤のスタッフになったり、大学の教授にまで上り詰める出世コースは以前からあった。もっとも、これは本人の資質に加え環境とチャンスに恵まれたケースといえるだろう。また、近年は米国への臨床留学が注目されているが、こちらも英語の堪能さなどハードルは高く、誰もが選べる道ではない。

 「彼らはどこに行ってしまったのだろうか」──。同氏が折に触れて調べた結果、浮かび上がってきたキーワードが「海外への出稼ぎ」だった。例えば東南アジアに拠点を持つ日系の医療機関のウェブサイトには、勤務する日本人医師のプロフィールが紹介されているが、「そのスタッフ数が、サイトを見る度に増えている」という。また医師派遣会社のコンサルタントに聞いたところ、ASEANや中国への斡旋例も増えているとのことだった。

 アジア諸国に生産拠点を持つ日本の企業は急増しており、いまや本社機能も日本を出て行かないと稼げないともいわれる。それだけに、海外の赴任先で暮らす日系企業の従業員やその家族は、今後も増え続けていくだろう。このような日本人の健康管理を担うために、日本人医師に対するニーズが高まっていることは想像に難くない。実際、アジアで開業するためのセミナーなどが頻繁に開かれている。

 「東南アジアやキューバ、インドなどの医師のように、移住先でたくましく根を張って生きていくということではなく、数年で日本に戻ってくる医師も多いようです。一方で、日本にずっといても医療制度や社会の閉塞感は強く、健康保険制度がこのままでは立ちゆかないことも明らかです。確証はないのですが、これから先の長いキャリアを考える若い医師にとって、出稼ぎは選択肢の一つになるのだと妙に納得してしまいました」とA氏はため息をついた。

 臨床医としての海外への進出それ自体は、悪いことではないだろう。だが、これからのわが国の医療を担う若手医師が、国の現状や将来に半ば失望するような形で海外での生活を選択しているとすれば問題だし、人材の流失は日本の医療界にとって大きな損失だ。医師という職業といえども、国家レベルの盛衰と無関係ではいられないことを改めて感じさせられた。

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