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震災直後の記録と、SGLT2阻害薬の脱水の懸念

2016/04/18

 4月17日、日曜日。熊本地震の本震から2度目の朝。昨日に比べると自分が落ち着いていることが分かる。車中泊も2日目になると慣れたもので、ぐっすり眠ることができた。ただし、あくまでもこれは僕の場合であって、一般の方は消耗の度合いを深めているに違いない。

 「おはようございます。雨上がって良かったッスね」と、ここにも元気な男がいた。ケンシロウだ。彼が住むマンションは断水に加え、停電まであるというのに大したものだ。「あゆみさんが泗水で湧水ゲットしたらしいっすよ。3リットルずつ持ってきてくれるって連絡ありました。助かりますね~」

 おはよう、うん助かるね、と応じながらケンシロウの車に乗り込む。僕らは今から、片付けと緊急対応のために薬局へ向かう。

 * * *

 4月14日木曜日、21時26分。熊本地震が発生。車を運転していた僕は、パンクかと思った。車がバラバラになるようで怖かった。車を止めると同時に鳴り響いたスマホの緊急アナウンスで、地震と認識できたのだった。

 翌15日、開店1時間前に集合した僕らは、すごかったね~、とケンシロウやあゆみさん、そして各々の家族の無事に安堵しながら、開店準備を進めた。そして、LINEのグループをその場で作ることにした。災害時の携帯電話は当てにはならず、安否確認もままならない。いつか役に立つかもしれないからね、と。それが、まさかその当日に活躍することになろうとは。


 “気象庁は、記者会見で、16日午前1時25分ごろに起きたマグニチュード7.3の地震が「本震」で、それより前の一昨日の夜に発生した熊本地震が「前震」に当たるという見解を示しました”


 「前震」。この言葉を初めて耳にした。4月14日の地震(前震)のあと、僕らは「無事でよかったね」「余震に気を付けよう」。こう口にしていた。つまり、そのとき以上のものはもう来ないと判断していたわけだ。そこにあの「本震」。

 あの日、つまり15日の深夜、余震を警戒して僕の家族は本当に久しぶりに、みんなで一緒に横になっていた。木製のシングルベットを2つくっつけて、4人並んでぐっすり眠っていた。そこにドーンと来た。そして、いつもまでも収まることのない揺れ。お互いのベットが離れていって子供が落ちそうになる。書棚から大量の本が飛び出してくる。電気も消えている。クローゼットが開いて中身が飛び出てくる。家が悲鳴を上げる。その時間はいつまでもいつまでも続いていくようだった。深夜の静けさも、平穏な日々の生活が戻ってくることも、もうないんだ。そう感じさせるのに十分な時間だった。

 揺れが収まると、僕らは寝巻姿のまま外へ飛び出した。その日から、前震の翌日から閉まったままになっている近所のスーパーマーケットの駐車場で、夜だけ車中泊という生活を送っている。怖くて家では眠れない、と家族は言う。致し方ない、と僕は思う。きっと大勢の方が同じように過ごしているに違いない。当然ながら、報道されている避難者の数には、こういう自主避難者の数は含まれてはいない。

著者プロフィール

山本雄一郎(阪神調剤ホールディンググループ 有限会社アップル薬局[熊本市中央区])
やまもと ゆういちろう氏 1998年熊本大学薬学部卒業。製薬会社でMRとして勤務した後、アップル薬局に入社。2017年4月にアップル薬局が阪神調剤ホールディンググループの一員に。ブログ「薬歴公開byひのくにノ薬局薬剤師。」を執筆中。2017年3月に『薬局で使える実践薬学』(日経BP)を発刊。2017年4月より熊本大学薬学部臨床教授。

連載の紹介

山本雄一郎の「薬局にソクラテスがやってきた」
薬局で患者さんの何気ない言葉にハッとしたり、後輩からの意表を突く質問に筋道立てて説明できなかったりしたこと、ありませんか? そんな臨床現場に転がる疑問の裏には、薬学の根幹を成す真実が隠れていることも。それらの真実を、「薬局薬学のエディター」を志す熱血薬剤師の山本氏がモノローグ調で解き明かします。

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