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「心房細動の治療は、抗凝固薬だけでいいんですか?」

2014/07/09

 農繁期。この時期、薬局の様子が一変する。普段のバタバタとした活気ある風景が鳴りを潜め、ゆったりとした時間が流れる。薬局の大きな窓から空を眺めると、視力が落ちたせいなのか、はたまた梅雨の合間だからか、晴れているのにその空には透明感がなく、ただ厚く重くそこにあった。もうとっくに薬が切れているはずの面々が頭をよぎる。彼らはあの厚く重い空に阻まれて来局できないのかもしれない――そんなことを考えていた時だった。

 「しまった~!」。あゆみさんが薬歴を前に頭を抱える。そこに書かれている処方は、ワーファリン(一般名ワルファリンカリウム)のみというシンプルなものだった。「なんでワーファリンを飲み始めることになったのか、肝心なところを聞き忘れました……」と、あゆみさんはボールペンを持ったままがっくりとうなだれる。

 75歳の男性Mさん。高血圧にて通院中。本日よりワーファリン開始。薬歴には、「S:納豆食べたらダメってね? めったに食べることはないけど、禁止されるとね」とあり、「O:」の続きは空欄のままだ。

「ワーファリンって、説明しないといけないことがいっぱいあるし……、薬歴もちゃちゃっと書けちゃうから、なんで飲み始めるのかを聞き損ねちゃいましたよ」

 心房細動じゃないの? 65歳以上の20人に1人は心房細動っていうからね、と僕が事もなげに答えると、あゆみさんはさも納得がいかないといった表情で、こう反論した。

「NOACなら適応が心房細動しかないですけど……。それに、レートコントロールリズムコントロールもなくて、ワーファリンだけでいいんですか?」

 なるほど、あゆみさんの頭の中では、心房細動のコントロールは1階がレートコントロール(心拍数維持)orリズムコントロール(洞調律維持)、2階が抗凝固療法という、2階立て構造になっているわけだ。だが残念ながら、それは全くの逆。基本的には、器質的心疾患がない心房細動においては、まず抗凝固療法があって、必要に応じて不整脈へのアプローチが行われるのだ。

 そもそも、心房細動における不整脈それ自体は良性のものであって、守るべきは心臓ではなく脳。心原性の脳梗塞から脳を守る。だから、心房細動でまず考えるべきは抗凝固療法なのだ。

 また、心房細動患者におけるレートコントロールとリズムコントロールの有効性を比較したAFFIRM試験によると、いずれの治療法でも生命予後に差は生じなかった。そこで、レートコントロールで十分と普通は考えるわけだが、そもそもレートが遅いがゆえに無自覚な場合も多い。だから、頻拍傾向のない無自覚性の心房細動に対して、ワーファリンだけ、NOAC(新抗凝固薬)だけというのは十分に考えられるのだ。

「そうなんですね。でも、そうなると不思議なのは、発作性心房細動に対してワーファリンやNOACが出なくて、抗不整脈薬だけ頓服で出るケースもありますよね。あれは、脳梗塞を起こしたりしないんですか?」

 あゆみさんの疑問に答える前に、まず、持続性心房細動の方が発作性心房細動よりも脳梗塞を起こしやすいのだろうか。そうではない。実は発作性も持続性も、脳梗塞の発症頻度は変わらない。

 そして、心房細動による脳梗塞のリスクを測るものは時間ではない。リスクのものさしになるのは、CHADS2(チャッズ・ツー)スコアだ(表1)。

著者プロフィール

山本雄一郎(阪神調剤ホールディンググループ 有限会社アップル薬局[熊本市中央区])
やまもと ゆういちろう氏 1998年熊本大学薬学部卒業。製薬会社でMRとして勤務した後、アップル薬局に入社。2017年4月にアップル薬局が阪神調剤ホールディンググループの一員に。ブログ「薬歴公開byひのくにノ薬局薬剤師。」を執筆中。2017年3月に『薬局で使える実践薬学』(日経BP)を発刊。2017年4月より熊本大学薬学部臨床教授。

連載の紹介

山本雄一郎の「薬局にソクラテスがやってきた」
薬局で患者さんの何気ない言葉にハッとしたり、後輩からの意表を突く質問に筋道立てて説明できなかったりしたこと、ありませんか? そんな臨床現場に転がる疑問の裏には、薬学の根幹を成す真実が隠れていることも。それらの真実を、「薬局薬学のエディター」を志す熱血薬剤師の山本氏がモノローグ調で解き明かします。

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