
「今日の水野ゆかりさんの担当、誰ですか?」
高城亜紀はナースステーションに戻ると、リーダー看護師を呼び止めた。
「んっと、今日はカナちゃんだね」
「えー、あたし? どうかした?」
ノートパソコンに入力をしていた山下香奈子が、手を止めてこちらを向いた。30代半ばで、頼りになる中堅どころの助産師だ。産科病棟に配属されて1年ちょっとの亜紀なんかより、ずっと妊婦に詳しい。ちなみに独身で、ちょこちょこ彼氏が変わっているらしく、よく愚痴やのろけを亜紀にも話してくれる。
「水野さん、血管痛が出てきたから、点滴変えてもらおうかと思って」
「そうだねー。ここんとこ2日に1回、刺し替えてるからねえ」
「先生に言っときますね」
「ありがとー」
水野さんは、切迫早産の診断で妊娠27週から管理入院となっている患者だ。当初はリトドリン塩酸塩錠5mgを1日4回で内服していたが、2週目から点滴に変わって、リトドリンを持続注入している。今日は妊娠30週2日で、リトドリンの速度は10日前に上げてから変わっていなかった。
リトドリンは5%糖液に入れて投与することが多かったが、糖液を持続点滴していると血管痛が出る患者も多い。そればかりか、血管が詰まってしまう人もいて、そうなると数日に一度、点滴を刺し替えなくてはならなかった。
水野さんも点滴の刺し痕が目立った。亜紀が血管痛について尋ねると、「刺し替えてもすぐ痛くなる」と話し、彼女の血管を触ると、ぼこぼこと隆起しているのが分かった。
「でも、みんなして、なんで血管が詰まっちゃうんだろ」
「そうですね……。5プロツッカー(5%糖液)も等張液だから、浸透圧はソリューゲン(リンゲル液)と変わらないはずなんですけど。違うところ、っていえば、リンゲル液は細胞外液だけを補充するけど、ツッカーだと細胞内と細胞外、両方に水が入るから、細胞が太っちゃうんでしょうか」
「亜紀ちゃんがなんか難しいこと言ってる」
「ええっと、こういうことで……」