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起立性調節障害に対する漢方の効果は?

2017/07/20

 「four fours、できたかー?」
 「5ができなくて」

 数日後、森田雄一郎は再び、起立性調節障害で入院中の女子中学生、濱田実結と話をしていた。ノートを見たら、4までは計算式が書いてあるが、5以降は何も書かれていない。

 今日は午後に話をしているからか、単純に改善しているからなのか、この前より反応がいい。ベッド周りを見ると、漫画と小説、それにオセロが置いてある。

 実結は順調にホスリボンを終了して、その後、血圧を上げるためにメトリジンを開始していた。内服を開始してから、収縮期血圧は100mmHgを超えるようになった。ただ、薬を飲み始めてから何か変わったことがあるか尋ねても、実結は首をかしげるだけだった。特に自覚もないようだ。

 「先生とオセロやったんだって?」
 「はい」

 「勝てた?」
 実結は首を横に振った。表情はあまり変わらない。

 「ご飯は食べてる?」
 「……はい」

 少し間が開いた。面談前に、ここ数日の食事量を電子カルテで確認していたが、まだ波があった。それでも半分以上は食事を取れる日が増えている。雄一郎は質問を続けた。

 「この前より反応いいみたいだけど、調子良くなってきたか?それとも、ただ午前中の方が調子悪いだけかー?」
 「良くなってきた、と思います。でも、午後の方が調子いいです」
 やっぱり午前中は駄目か。

 「ちょっと手を触っていいかなー」
 「はい」
 実結の手は、熱くも冷たくもない。汗が出ている感じもない。

 「漢方薬出したら、飲める?」
 いいのがあるんだけど、と付け足しながら、雄一郎は反応を待った。

 「……多分。ものすごくまずくなければ」
 「大丈夫だよ。冷えることある?冷え性?」
 「……特に」

 顔色も悪くなく、ほてったりしているようでもないので、寒熱は中間証といったところだろう。ただ、やってみると言った計算もそれほど進んでいないし、オセロにもそこまで執着はないのだろうか。気虚でよさそうだ。

 調べたところ、ODに対して半夏白朮天麻湯を使うこともあるようだが、冷えはなさそうなので、補中益気湯でもいいかもしれない。

本人に治す気はあるのか?

 「森田さんのカルテ見て、思わず笑っちゃいましたよ」

 「俺、そんな面白いこと書きましたっけー?」
 「本人が治す気あるのか分からない、ってコメントですよ」

 雄一郎は「ああ」と苦笑した。実結の主治医である和泉麻衣は、「実際、そこなんですよね」とぼやいた。

 「そうそう、補中益気湯、いいみたいですよ。朝起きられるって言ってました」
 「そうですかー。効果出るもんですね」

 「しばらく続けようと思ってます」
 「そうしたら、そろそろ退院ですか?」

 入院日数は10日を超え、食事量も徐々に増えてきて、リフィーディング症候群の懸念もなくなった。入院当初やっていた点滴も2日で終わって、内服も安定している。

 「退院させたいんですけどね。いつ帰るんだろ、あの子」

 麻衣は、自分の爪を見つめながらため息をついた。退院の話を出すと、まだ不安だから、といって先延ばしにするらしい。雄一郎も、もはややることを思いつかなかった。

 それとは別に、雄一郎は気になっていることがあった。いつも元気と愛想を振りまいているような麻衣が、実結の話になると、明らかにテンションが下がっている。

 「先生、この子に対しては、なんか積極的じゃないですよね」

 麻衣は「ああ」という顔になって、
 「初期研修の病院で、さんっざん、ODの患者、診てきたんですよ」
 「さんっざん」に力を込めて言った。「季節や地域もあるのかもしれないけど、前にいた病院では、すごい数の患者を診てたんですよ。彼らって、基本的に朝起きれないじゃないですか。予約の時間にまず来なくて、午前の診察終わりぎりぎりの11時半とかにぐわーって来るんです。もー!って感じですよね」

 なるほど。それは彼らの特性を考えたら納得できる。

 「それに、森田さんが言ってるように、治す気あるのか分かんない子も多いし。あと、私、朝ぱっと起きられる人だから、ODの人の気持ちって、全然分かんないんですよ」

 「……俺も朝は強い方だから、理解できないかもしれないですねー」
 雄一郎も、小学生の頃から剣道をやっているが、朝練は苦にならなかった。

 「私たちみたいな人から見たら、ただ、やる気ないだけに見えますよね。そこまで言わなくても、本当に調子が悪いのか、詐病なのか分からないし。きっと家で強く言われて、すねちゃって、食べなくなった、ってとこでしょうね」

著者プロフィール

とみの ひろみつ氏 東京理科大学薬学部卒。天然物化学専門だったが、研究に挫折して薬剤師として薬局に勤務。その後、薬局勤務を続けながら、ウェブクリエーター、ライターなどとして活動。2004年より千葉県の総合病院薬剤部に勤務し、現在は関連病院に赴任。執筆活動も継続中。趣味は音楽ゲームとプロ野球観戦。

連載の紹介

富野浩充の「当直室からこんばんは」
病院薬剤師として勤務する富野氏が、クスッとできて、時にホロリとし、たまにムカッとしてしまう病院業務の日常を赤裸々に綴ります。薬のことにはほとんど触れない個人のホームページはこちら登場人物の名前は全て架空のものです。内容は事実を元に再構成したフィクションです。

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