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摂食障害の女子中学生、原因はOD?

2017/07/07

 (前回からの続き)薬剤師の森田雄一郎は、摂食障害の女子中学生、濱田実結の服薬コンプライアンスを確認するために、彼女の病室を訪れていた。実結は4人部屋の右手前のベッドにおり、カーテンを引いて薄暗い中で宿題らしきテキストを広げている。

 「リンの薬、飲んだかー?」
 「……飲みました」

 「どうだった?」
 「……特に」

 「飲めそう?」
 「大丈夫です」

 「朝食は、食べた?」
 「……ちょっと残しましたけど」

 「気持ち悪いとかある?」
 「……ないです」

 「調子はどう?」
 「……特に」

 うーん、なんか、反応悪いなー。質問には答えてくれるし、内服に抵抗はないようだが、どうにも捉えづらい。戸惑ったような表情で、声もはっきり聞こえない。雄一郎が喋っているのが、彼女にとって迷惑なのだろうか。

 小児にもたくさん接してきたけれど、喋らない子は、医療者を警戒しているか、人見知りか、ゲームやテレビに夢中か、本当に調子が悪いか――に、ざっくりと分けられる。しかしそれも年齢が低いうちだ。中学生にもなると、自分の状態を分析してしっかり返答してくれる子も多い。だが、実結の反応は明らかに悪かった。知らない人、しかも異性の雄一郎には話しづらいのだろうか。

 雄一郎は質問を変えてみた。

 「何か、趣味はある?」
 「……特に」

 「将来、なりたい職業はある?」
 「……別にないです」

 「話がつながらないじゃないかー」

 雄一郎は苦笑するが、実結はなんとも言えないような顔をしている。

 「そうだなー、それじゃ、好きな教科はある?」
 「そんなに好きではないですけど、数学は得意です」

 「数学かー。計算と証明どっちが好き?」
 「……計算」

 「それじゃ、ちょっと計算問題やってみようか。『フォーフォーズ』って知ってるかー?」

 実結は首をかしげた。

 「『4つの4』って意味でなー。ここに書いていいか?」

 雄一郎は実結が宿題をするのに使っていたと思われるレポート用紙に「four fours」と書いた。続けて、数字の4を4つ書く。「この『4』よっつと、四則計算、えーと、足す、引く、掛ける、割る、かっこを使って、0から順番に数を作っていくんだ。たとえば0だったらこう、1だったら……」

 言いながら、雄一郎はレポート用紙に、0=4+4-4-4、1=(4+4)÷(4+4)と書いた。

 「こうやって、0から順番に、1、2、3、って作っていく遊びだけど、これが結構頭使うんだよ。やってみるか?」

 実結は「やってみます」とうなずいた。

食事摂取は未だ1食1000kcaL以下
 「今1つ、つかめないんだよねー。食事、ちょっと残したって言ってたけど、どんなもんだった?」
 
 「ちょっと残したどころじゃなくて、ちょっとしか食べてなかったですよ。主食2割、副食3割ですね」
 雄一郎の質問に、小柄な看護師が答える。

 「いつもと比べて、どんなもん?」
 「全然足りないと思いますよ。まだ1食1000kcaLにもなってないですから」
 「だよねー」

 「実結ちゃんの話ですか?」

 雄一郎がナースステーションで実結の担当看護師と話していると、主治医である和泉麻衣がにこにこしながら話に加わってきた。麻衣は、去年からこの病院の小児科医として勤務している若手で、まだ20代だ。にこにこしながら予兆もなく毒を吐くので、彼氏ができても長続きしないらしい。

 実結は、リンが高いにもかかわらずホスリボンを処方されて、薬剤部でも疑問になった患者だ。そのときは、雄一郎の同僚薬剤師の桧山健二が、リフィーディング症候群の予防投与だろう、という結論を出したが、まさにその通りで、初日は500kcaLしか摂取していないにもかかわらず、ホスリボンを飲んでいても、リンの数値は1日で5.5mg/dLから3.6mg/dLまでがくっと下がった。主治医の麻衣は、「やっぱリン飲ませといてよかったよー、飲ませていてもこれだけ下がるんだもん」と、かわいらしい笑みを浮かべながら話していた。

 その後、食事は毎日200kcaL前後の増量をしつつ、採血を続けてリンのモニターをしていった。リンは、3日目から4mg/dL台をキープし、ホスリボンを漸減しても大きく下がることはなかった。初めは900mg分3で飲んでいたホスリボンも、昨日から300mg分3になっている。そろそろ処方を切ることができそうだ。

 「今日は実結ちゃんとオセロやりましたよ」
 「何やってるんですか。それでオセロはどっちが勝ったんですか?」
 「ふふーん、私が勝ちました。まだまだ中学生には負けませんって」
 看護師の質問に麻衣が答えている。あれは本気で自慢している顔だ。

 「それで、いつまで入院ですか?そろそろホスリボン終わりますよね。ある程度食事を取れるようになってからですか?」
 雄一郎は、今まで摂食障害で入院してきた患者を思い返して、麻衣に聞いた。

 「そうですねー。てか、恐らくODなんで、今後はそっちの治療をしようと思ってます」

 「オーディ?」

 ODと聞いて、とっさに雄一郎の頭に浮かんだのは、『オーバードーズ』『OD錠』の2つだった。だが、どちらも違っていた。

 「起立性調節障害です」

 「きりつせいちょうせつしょうがい」
 雄一郎は、おうむ返しに病名を繰り返した。麻衣はうなずいて、自分の爪を見つめながら、

 「食べられるようになったら、あの子のいいタイミングで退院かな。あとは外来で」

 もう、既に決まっている伝達事項を伝えるだけのような感情の薄い声で、そうつぶやいた。

著者プロフィール

とみの ひろみつ氏 東京理科大学薬学部卒。天然物化学専門だったが、研究に挫折して薬剤師として薬局に勤務。その後、薬局勤務を続けながら、ウェブクリエーター、ライターなどとして活動。2004年より千葉県の総合病院薬剤部に勤務し、現在は関連病院に赴任。執筆活動も継続中。趣味は音楽ゲームとプロ野球観戦。

連載の紹介

富野浩充の「当直室からこんばんは」
病院薬剤師として勤務する富野氏が、クスッとできて、時にホロリとし、たまにムカッとしてしまう病院業務の日常を赤裸々に綴ります。薬のことにはほとんど触れない個人のホームページはこちら登場人物の名前は全て架空のものです。内容は事実を元に再構成したフィクションです。

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