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カナダでマネージャー職に挑む

2019/07/08
佐藤 厚

 私事ですが、この5月から「薬局マネージャー」(薬局長)へと役職が変わり、忙しさに拍車が掛かりました。

 スタッフ薬剤師からマネージャーになるのは昇格(promotion)なので、お祝いの言葉を掛けられることもありますが、実際にはそう華々しいものではありません。

 これまでの患者応対や処方監査、予防接種といった日常業務に加えて、患者さんからの苦情対応や法令順守のためのスタッフ管理、雪崩のように流れ込んでくるメールのチェック……。つまり仕事の量が激増しています。スタッフの勤務スケジュール作成に至っては、時間外に家で作業するのが当たり前で、業務時間内にオフィスで座って仕事をすることなど、あり得ません。

 このように仕事もストレスも増える一方で、さほど給料が上がるわけではないので、カナダでもマネージャー職をやりたくないという薬剤師は結構多いのが現実です。

 「この仕事はやっぱり大変だった」と思う人が多いのか、私の職場では、この10年間にマネージャーは7回も変わりました。マネージャーが変わる時、ほとんどの場合は離職していきます。つまり、私の店舗でマネージャーになった薬剤師のほとんどが、「割に合わない大変な仕事だ」と見切りを付けて、1年以内に辞めていきました。

 このような歴史があったので、今年3月に本社から「マネージャーをやりませんか」と打診されたときには、まずは断りました。ちょうど、義理の母の健康状態が思わしくないために妻は日本に滞在し、私の母親をカナダに呼び寄せて2人の小さな子ども達の面倒を見てもらっていました。「今、マネージャーの仕事を引き受けるのは無理です!」と。本音は、「マネージャー職を引き受けたら最後。先代たちのように、私も近々に今の職場辞めることになるかもしれない」という懸念がありました。

 そんな私が、どうしてその仕事を最終的に引き受けたのか?

 それは交渉役が、当初打診してきた本社のオペレーション担当から人事担当者のS氏へと変わったからです。このS氏との付き合いは長く、初めての出会いは今から11年前に遡ります。現在勤務しているチェーン薬局のある店舗で薬局実習をしていた外国人の私を、使い物にならないことを承知で雇ってくれたのは、何を隠そうこのS氏でした。

 また、子どもが病気で大変な時には、自宅に招待して、家族ぐるみで寄り添ってくれたのもS氏でした。普段は、業務に関して会話する機会はありませんが、百戦錬磨の話術と交渉術を武器に、私を口説き落とす“真打ち”として登場したのです。これまで公私に渡って大変お世話になってきたS氏が登場した時点で、勝負はあったようなものです。S氏はこう話します。

 「マネージャーになれる機会は、そうそうやって来るものではない。君は10年間に渡り同じ職場で仕事をしているので、患者さんやスタッフだけでなく、医師やクリニックのことも熟知している。だから、君以外に適任な人間はいない。薬局以外の売り場のスタッフも君に全幅の信頼を寄せていて、そのうちの何人かが君をマネージャーに推薦している。今すぐがダメなら、当面の間、他の店舗から経験豊富なマネージャーを呼んでトレーニング期間を設け、君の奥さんが日本から帰ってきて、生活が落ち着いた頃にマネージャーに昇格するということでどうだろう?5月に開かれるマネージャーカンファレンス(薬局長だけを集めた5日間に渡るビジネスミーティング)にも参加して、他の店舗のマネージャーから色々な話を聞いて勉強するといい。だから、カンファレンスが終わった頃にマネージャーってことでいい?」

 ここまで言われて、私がカナダで薬剤師としてのキャリアを築くことができた恩人に、「NO」と突っぱねる勇気を持ち合わせていませんでした。

 「はい。それではやります。お願いします」

 早速、日本にいた妻にフェースタイムで報告すると(関連記事:「外国人対応に必要な3つの視点」)、彼女は大役を引き受けることが決まった夫に祝福の言葉を掛けるどころか、激怒しました。

 「何でそんな大変な仕事をわざわざ引き受けてくるの!マネージャー職を引き受けるのは、職場を去るのと一緒だと言っていたのは自分でしょ!だいたいそのオファーは断るっていうことで決めていたじゃないの!まだ小さい子どもがいるんだから、仕事を辞めることになったら困ることくらい分かってるでしょ!」

 ごもっともな意見で返す言葉がありませんが、もう引き受けてしまったのです。「ああ、マネージャーの仕事が始まる前から板挟みになるなんて……」と気が重くなりましたが、後戻りはできません。予定通り、3月下旬からアシスタント・マネージャー生活が始まりました。

 私はこれまでたまたま縁がありませんでしたが、同年代の多くの薬剤師がなんらかの管理職に付いていることは珍しくも何ともありません。また、基本的に一日中走り続けるような忙しい店舗であり、体力勝負の部分がありますから、元気な若いうちに引き受けるのはむしろ良いことだと考えることもできます。

 何事もやってみなければ分かりませんので、もしかしたらマネージャー職が好きになるかもしれません。そして「どうしてもダメなら辞めればいいだけ」の話で、もしも仕事を辞めて就職活動をすることがあれば、経歴欄にマネージャー経験「有」と書けるので少しは箔もつきます。このように、持ち前の楽観的ポジティブ思考に切り替え、新たな気持ちで仕事に向かうことにしました。

 私の勤める企業は、カナダの西海岸から中西部を中心に85店舗のチェーン展開をする企業ですが、薬局部門に関しては管理職の育成に特に力を入れているわけではなく、これといったトレーニングプログラムやマニュアルはありません。逆にいえば、ある程度の薬剤師としての経験を積んで、それなりに臨機応変に患者応対や苦情対応、スケジュール、スタッフ間の人間関係の維持・修復ができれば、あとは月次報告などのペーパーワークが主な仕事になります。もちろん、小売業なので売り上げを伸ばすことは大きなミッションです。

 4月から私の店舗に暫定マネージャーとして配属されたのは、同年代でもマネージャー経験豊富なJ氏でした。このJ氏の最たるアドバイスは、「薬局はきれいにしていれば仕事は回るもの」という言葉。例えば、私の薬局はペーパーレス化が進んでいませんから(関連記事:「ペンとバスケットが薬局から消えた日」)、シュレッダーにかけなければいけない個人情報入りのラベルや書類が山のように出てきます。そして、この書類の山は日常の仕事の時間内には片付かないレベルになっていました。そこでJ氏と協力して、ありえないほど汚部屋状態の薬局を精力的に掃除し、1カ月後には見違えるほど片付いた薬局へと変貌していました。

 J氏は、私の肩書きがマネージャーへと変わったことで、他の店舗に戻ることになりましたが、「当たり前のことを、当たり前にやっていれば数字は自然についてくる。君がマネージャーになった後も、定期的に視察にくるから分からないことがあったらいつでも相談して」と、暖かい言葉を残してくれました。

 これまでの本社の担当者といえば、数字のことしか頭になく、非常に不親切というイメージでしたが、最近ではマネージャーの離職率の高さが問題となり、新しい体制を取ることで人材の流出を抑えるようになったとか。このように頭と手際のいい人に出会うとやる気が出ます。

連載の紹介

まいにち薬剤師
保険薬局や医療機関、大学、研究機関、製薬企業、医薬品卸などで働く薬剤師に、日々の業務や日常生活を通じて感じたこと、考えたことを、つれづれなるままに執筆いただくコーナーです。さまざまな薬剤師に、単回もしくは不定期に登場していただき、薬剤師の視点から話題を提供してもらいます。このコーナーへの寄稿を希望される方は、お問い合わせフォームから編集部にご連絡ください。

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