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特別なクリスマス(3)
カナダで経験したエンド・オブ・ライフ・ケア

2018/12/24
佐藤 厚

 悪性の脳腫瘍が発覚して、3カ月の長男に緩和ケア(英;Palliative care)を選んだとき、「最期は、どこで看取りたいですか?」とドクターに聞かれました。

 幾つかの選択肢を前提とした質問ですが、即座に「自宅」は難しいと思いました。当時、バンクーバー郊外の小さな町でアパートを借りて住んでおり、ここはコインランドリーが共有の建物で、必然的に人に会う回数が多い場所です。隣の部屋や、上下の階から音が聞こえてくることもあります。

 周りには、長男の容態を心配して声を掛けてくれる方も多くいましたが、同じ内容の受け答えは、回数を重ねるにつれてストレスに変わります。

 ましてや、私たちからの最新の報告といえば、赤ちゃんが緩和ケアを受けることになったという、相手が言葉を失うレベルの内容です。心配されるのはありがたいのですが、そっとしておいてほしい状況でした。

 次に、「病院」はどうか?こちらは、どちらかといえば、慌ただしくなる可能性があると言われましたが、それは困ります。それしか選択肢がなければ仕方がありませんし、そのように看取る家族もたくさんいることでしょう。しかし、慌ただしくない場所があるなら、そちらの方が良いと思いました。

 最後の選択肢は、看取りの場としての小児ホスピス「カナックプレース」です。ここであれば、専門のドクターとナースがそばにいて、最後まで家族を含めたケアをしてくれるとのこと。自宅とBCCH(BC Childrens’ Hospital;ブリティッシュコロンビア小児病院)での経過観察、そしてカナックプレースでのレスパイトケアを続け、いよいよ具合が悪くなったらカナックプレースで看取るというプランが決まりました。

 参考までに、英語で「死ぬ、亡くなる」を意味する一般的な動詞はdieですが、これが直接的過ぎると思われる場合は、「pass away」や「pass」といった動詞を婉曲表現として使います。

 先のプランに従って、初めの頃は自宅とカナックプレースを行ったり来たりしていましたが、2011年2月中旬、長男の病状は一気に悪化しました。

 ちょうどBCCHでの経過観察の日程に合わせてカナックプレースに泊まった翌朝のこと、急に短い痙攣が起こり、顔から血の気が引いていきました。そのまま亡くなることはありませんでしたが、この日を境にして、赤ん坊らしく笑ったり泣いたりすることは一切なくなりました。脳内が腫瘍に侵されていっているのは明らかで、真の意味で、苦痛を取り除くことにフォーカスした、エンド・オブ・ライフ・ケアが始まったのはこのときです。

 主な症状として、まずは母乳を吸う力が弱り、徐々に体重が減り始めました。同時に、繰り返し嘔吐が見られたため、オンダンセトロン塩酸塩水和物、デキサメタゾンリン酸ナトリウム(デカドロン他)、メトトリメプラジン(日本のレボメプロマジンマレイン酸塩の別名)を制吐薬として使用し、オメプラゾールナトリウム(オメプラール他)で食道へのダメージを防ぎ、背中が弓なりに反る後弓反張が出るようになったときにはフェノバルビタールナトリウムを細いチューブを使って直腸から投与しました。急に発熱したときには、アセトアミノフェンも投与しました。

 緩和ケアというと、オピオイドによる疼痛管理を思い浮かべますが、痛み止めを使うことはありませんでした。赤ちゃんが生後6カ月から泣くことができなくなってしまったので、痛みの評価は難しいのですが、フェイススケールに従えば、痛みに悶える表情をすることはありませんでした。

 しかし、病状の変化に合わせて行われたドクターとのディスカッションでは、痛みが出た場合には疼痛管理のためにモルヒネを使うこと、また呼吸を楽にする目的でもモルヒネを使用する可能性があることが説明され、非常に勉強になりました(参考:国分秀也先生の「呼吸困難に対するモルヒネの使い方」)。

連載の紹介

まいにち薬剤師
保険薬局や医療機関、大学、研究機関、製薬企業、医薬品卸などで働く薬剤師に、日々の業務や日常生活を通じて感じたこと、考えたことを、つれづれなるままに執筆いただくコーナーです。さまざまな薬剤師に、単回もしくは不定期に登場していただき、薬剤師の視点から話題を提供してもらいます。このコーナーへの寄稿を希望される方は、お問い合わせフォームから編集部にご連絡ください。

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