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舌痛症に効く漢方(1)
舌痛症の考え方と漢方処方

2021/05/14

 舌痛症は、舌に痛みが生じる疾患です。痛みに加えて、痺れなど、不快な感覚が繰り返し生じることもあります。多くは中高年の女性に発症します。痛みが口腔内の広い範囲に生じることもあり、これは口腔内灼熱症候群(バーニングマウス症候群)と呼ばれています。舌痛症は、口腔内灼熱症候群の一種です。

 症状は、ヒリヒリと焼けるような痛み、ピリピリした痛み、チクチクと刺されるような痛み、カーッとした痛み、痺れるような感覚など、様々です。痛む場所も、舌の先端や左右など様々です。痛みは安静時に増悪し、食事や会話など、何か他のことに集中している時には痛みを忘れることが多いようです。寝ている間も痛みません。味覚障害や、口腔内の乾燥感を伴う場合もあります。

 舌痛症は、舌に明らかな病変がないのが特徴です。はっきりとした原因は今のところ分かっていないようです。閉経前後以降の女性に多く見られることから、性ホルモンなどの内分泌機能異常、あるいはストレスなどの心因的な要因、免疫系の異常、脳内伝達物質の異常などが関係しているのではないかと考えられています。

 検査などで全く異常が見られない舌痛症は、一次性舌痛症とも呼ばれています。それに対し、背景に糖尿病やシェーグレン症候群、貧血、口腔内が乾燥する薬剤の服用などの要因がある場合は、二次性舌痛症と呼ばれます。口内炎、口腔カンジダ症、口腔乾燥症、舌癌など、舌に明らかな炎症や潰瘍がある場合は、それらの病変が疾患名なので、舌痛症とは診断されません。

 原因が解明されていないこともあり、西洋医学では対症療法を行います。主に、抗うつ薬や、抗けいれん薬、抗てんかん薬などが使われます。不安を緩和する目的で認知行動療法が行われる場合もあります。

 漢方では、舌痛症を熱邪と関係が深い疾患と捉え、治療しています。熱邪は病気の原因(病因)の1つで、自然界の火熱により生じる現象に似た症状を引き起こす病邪です。患部の発赤、熱感などの炎症症状や、疼痛、化膿、発熱、悪寒、充血、口渇、いらいら、不眠、出血などの症状が見られます。舌痛症の痛みは、多くの場合、この熱邪による痛みです。

 熱邪には2つのタイプがあります。熱邪の勢いが盛んになって生じる実熱(じつねつ)と、熱を冷ますのに必要とされる陰液が不足しているために(陰虚)、相対的に熱邪が強まって生じる虚熱(きょねつ)です。陰虚証の場合、唾液の分泌が減り、口の中が乾燥します。口の中が乾燥すると、口腔内の粘膜が炎症を起こしやすくなり、痛みを感じやすくなります。辛い味などに過敏に反応するようにもなります。実熱の場合は熱邪を冷まし、虚熱の場合は陰液を補うことにより熱邪を治療するため、漢方では、熱邪が実熱か虚熱かにより、処方を使い分けて治療を進めます。

 舌にヒリヒリとした灼熱痛があり、特に舌の中央部で痛みが強いようなら、「胃熱(いねつ)」証です。胃から上部の消化器官に熱邪が停滞している証です。胃は六腑の1つで、五臓の脾とともに飲食物の消化吸収をつかさどり、食べたもののうち人体に有用なもの(清)を吸収して持ち上げ(昇清)、残りのかす(濁)を下に降ろします(降濁)。この胃の機能が熱邪により障害を受けているのが、胃熱証です。胃から上部の消化器官で炎症を起こしやすい体質です。刺激物や、脂っこいもの、味の濃いものをたくさん食べたり、あるいはアルコール類を多飲したりすると、それらが原因で熱邪が生じて胃熱となります。実熱タイプです。胃熱を冷ます漢方薬で舌痛症を治療します。

 舌の痛みとともに、口の渇き、口唇の乾燥やひび割れ、舌苔の剥離などが見られるようなら、「胃陰虚(いいんきょ)」証です。胃の陰液(胃陰)が不足している体質です。陰液とは人体の基本的な構成成分のうちの血・津液・精のことです。陰液が少ないために相対的に熱が余り(虚熱)、胸やけ、口臭、心窩部の鈍痛、吐き気なども生じます。胃の陰液を補う漢方薬で、舌痛症を治していきます。

 舌の痛みに加えて、吐き気、げっぷ(噯気:あいき)、しゃっくり(吃逆:きつぎゃく)などの症状が見られるようなら、「胃気上逆(いきじょうぎゃく)」証です。胃の降濁機能が失調した状態です。胃気逆(いきぎゃく)証ともいいます。胃内の痰飲が胃から上逆して吐き気、げっぷ、しゃっくり、悪心、舌の痛みなどの症状が生じます。胃気を降逆して痰飲を除去する漢方薬で、舌痛症を治します。

 舌の左右の側面が痛み、口の中が苦く感じるようなら、「肝火(かんか)」証です。体の諸機能を調節し、情緒を安定させる働き(疏泄:そせつ)を持つ五臓の肝の機能(肝気)が、精神的なストレスや緊張の持続、感情の起伏などの影響によりスムーズに働かなくなり鬱滞し、「肝鬱気滞(かんうつきたい)」証となって熱邪を生み、この証になります。肝は自律神経系と関係が深い臓腑です。実熱タイプです。漢方薬で肝気の鬱結を和らげて肝気の流れをスムーズにし、肝火を鎮め、舌痛症を治療します。

 舌の痛みに加えて、頭がふらつく、目が疲れやすい、目がかすむ、まぶたがぴくぴくひきつる、口や喉が渇く、などの症状が見られる場合は、「肝陰虚(かんいんきょ)」証です。肝の陰液(肝陰)が不足している体質です。慢性疾患やストレス、緊張の持続、激しい感情の起伏などの影響で陰液が消耗すると、この証になります。虚熱タイプです。肝の陰液を補う漢方薬で、舌痛症を治療します。

 舌の先端に熱感を伴う痛みが顕著なら、「心火(しんか)」証です。心は五臓の1つで、心臓を含めた血液循環系(血脈)と、人間の意識や判断、思惟などの人間らしい高次の精神活動(神志:しんし)をつかさどる臓腑です。大脳新皮質など高次の神経系や自律神経系と深い関係にあります。過度の心労、思い悩み過ぎ、過労が続くことなどにより心に負担がかかり、心の機能(心気)が過度の刺激を受けて亢進すると、この証になります。実熱タイプです。心火を冷ます漢方薬で、舌痛症を治療します。

 舌の痛みに加え、不安感が強く、口や喉が渇きやすいようなら、「心陰虚(しんいんきょ)」証です。心の陰液(心陰)が不足している体質が、この証です。加齢によりこの証になる場合もあります。不眠、夢をよく見る、驚きやすい、不安感、悲しい、健忘などの症状に加え、のぼせ、手のひらや足の裏のほてり、焦燥感、口渇、喉が渇く、寝汗など、虚熱による熱証が表れます。漢方薬で心陰を補い、舌痛症の治療をします。

著者プロフィール

幸井俊高(「薬石花房 幸福薬局」代表)
こういとしたか氏。東京大学薬学部卒業。北京中医薬大学卒業。ジョージ・ワシントン大学経営大学院修了。1998年、中国政府より中医師の認定を受け、日本人として18人目の中医師となる。2006年に「薬石花房 幸福薬局」を開局。『漢方でアレルギー体質を改善する』(講談社)『男のための漢方』(文春新書)など著書多数。

連載の紹介

幸井俊高の「漢方薬 de コンシェルジュ」
東京の老舗高級ホテル「帝国ホテル」内で、完全予約制の漢方薬局を営む幸井氏。入念なカウンセリングを行い、患者一人ひとりに最適な漢方薬を選んでくれる薬局として、好評を博している。これまで多くの患者と接してきた筆者が、疾患・症状ごとに症例を挙げて、漢方薬の選び方と使い分けについて解説する。

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