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前立腺肥大症に効く漢方(1)
前立腺肥大症の考え方と漢方処方

2019/04/17

 前立腺は、膀胱の出口辺りに、尿道を取り巻くように位置している、栗ほどの大きさの男性生殖器官です。乳白色の前立腺液を分泌して精液を形成し、精子の運動を活発にします。この前立腺が次第に肥大して尿道を圧迫するようになると、排尿障害が生じるようになります。これが前立腺肥大症です。中医学では「癃閉」(りゅうへい)といいます。

 よく見られる症状は、尿の勢いが悪くなる、尿が出始めるまでに時間がかかる、尿が出終わるまでに時間がかかる、排尿の途中で尿が途切れる、などの排尿困難や、頻尿(特に夜間頻尿)、会陰部の不快感、尿意切迫感、残尿感、排尿直後の尿漏れ(排尿後尿滴下)、尿失禁などです。最悪の場合は尿がまったく出なくなります(尿閉)。

 原因としては、加齢、男性ホルモン分泌量の変化、肉食に偏った食生活やアルコール多飲の習慣、肥満などが考えられているほか、脂質異常症、高血圧症、糖尿病などの疾患も関係していると言われています。治療として、西洋洋医学では、α遮断薬などによる薬物療法や、内視鏡やレーザーによる手術などが行われます。

 漢方では、証の虚実を見極めることが、前立腺肥大症の治療のポイントとなります。具体的には、湿熱や、血瘀、気滞などの病邪による実証の前立腺肥大症か、五臓の腎や脾の衰えによる虚証の前立腺肥大症かにより、治療法、つまり用いる漢方薬が大きく異なってきます。

 詳細は、以下の通りです。

 排尿困難、尿意促迫(排尿したばかりなのに、すぐにまた尿意を感じること)、排尿痛、排尿時の灼熱感などがみられる場合は、「膀胱湿熱(ぼうこうしつねつ)」証です。湿熱の邪が膀胱の機能を障害している状態です。湿熱邪が膀胱に凝集し、前立腺を肥大させています。湿邪により頻尿や尿意促迫が、そして熱邪により排尿痛や排尿時の灼熱感が生じます。膀胱の湿熱を除去する漢方薬で、前立腺肥大症の治療をします。

 尿の出が突然悪くなる、緊張したり憂鬱になったりすると症状が悪化する、腹部膨満感などの症状がみられる場合は、「肝鬱気滞(かんうつきたい)」証です。五臓のうち、体の諸機能を調節し、情緒を安定させる働き(疏泄[そせつ])を持つ臓腑である肝の機能(肝気)がスムーズに働いていない体質です。肝は自律神経系と関係が深い臓腑です。一般に、精神的なストレスや、緊張の持続などにより、この証になります。疏泄の失調が水液排泄機能に及び、前立腺肥大症の症状が悪化します。漢方薬で肝気の鬱結を和らげて肝気の流れをスムーズにし、前立腺肥大症を治していきます。交感神経の緊張による前立腺の収縮を緩和する働きもあると考えられます。

 尿の勢いが弱い以外に、尿線が細い、下腹部の膨満感や痛みなどの症状もみられるようなら、「血瘀阻塞(けつおそそく)」証です。血瘀は、血の流れが鬱滞しやすい体質です。血管の微小循環障害や、流動性の異常、精神的ストレス、寒冷などの生活環境、寒冷刺激、不適切な食生活、運動不足、水液の停滞、生理機能の低下などにより、この証になります。疾患や体調不良が慢性化、長期化してこの証になることもあります。血の鬱滞が塊を形成して前立腺を肥大させ、尿道を塞(ふさ)いでいます。血瘀による鬱結を分散させて水道を通利させる漢方薬で、前立腺肥大症を治療します。

 尿の勢いがない、腰と膝がだるい、寒がりなどの症状がみられる場合は、「腎陽虚(じんようきょ)」証です。腎の陽気が不足している体質です。腎は、生きるために必要なエネルギーや栄養の基本物質である精(せい)を貯蔵し、人の成長・発育・生殖をつかさどる臓腑です。また「水、骨、納気をつかさどる」臓腑として、体液の代謝全般の調節、骨の形成、呼吸(特に吸気)をつかさどる機能もあります。陽気とは気のことで、人体の構成成分を陰陽に分けて考える場合、陰液と対比させて気のことを陽気と呼びます。加齢とともに生じやすい証ですが、加齢だけでなく、過労、生活の不摂生、慢性疾患による体力低下などによっても人体の機能が衰え、冷えが生じてこの証になります。加齢に伴う前立腺肥大症によくみられる証です。腎陽を補う漢方薬で、前立腺肥大症の治療をしていきます。

 排尿時になかなか尿が出始めない、尿失禁、疲れやすい、息切れ、声が小さい、などの症状がみられるようなら、「脾気虚(ひききょ)」証です。消化吸収や代謝をつかさどり、気血(エネルギーや栄養)の源を生成する五臓の脾の機能(脾気)が弱い体質です。気が十分生成されず、体内の気が不足します。気の機能の1つに、人体に必要なものが体外に漏れ出ないようにコントロールする働き(固摂作用)がありますが、気虚になるとこの力が弱まり、尿が漏れ出ます。また脾は六腑の胃とともに飲食物の消化吸収をつかさどりますが、食べたもののうち人体に有用なもの(清)を吸収して持ち上げ(昇清)、残りのかす(濁)を下に降ろす機能(降濁)が失調すると、尿が出にくくなります。加齢、過労、生活の不摂生、慢性疾患などにより脾気を消耗すると、この証になります。漢方薬で脾気を強めることにより、前立腺肥大症の治療を進めます。

■症例1

「夜間頻尿で悩んでいます。尿漏れも増えたので、病院に行ったところ、前立腺肥大症と言われました」

著者プロフィール

幸井俊高(「薬石花房 幸福薬局」代表)
こういとしたか氏。東京大学薬学部卒業。北京中医薬大学卒業。ジョージ・ワシントン大学経営大学院修了。1998年、中国政府より中医師の認定を受け、日本人として18人目の中医師となる。2006年に「薬石花房 幸福薬局」を開局。『漢方でアレルギー体質を改善する』(講談社)『男のための漢方』(文春新書)など著書多数。

連載の紹介

幸井俊高の「漢方薬 de コンシェルジュ」
東京の老舗高級ホテル「帝国ホテル」内で、完全予約制の漢方薬局を営む幸井氏。入念なカウンセリングを行い、患者一人ひとりに最適な漢方薬を選んでくれる薬局として、好評を博している。これまで多くの患者と接してきた筆者が、疾患・症状ごとに症例を挙げて、漢方薬の選び方と使い分けについて解説する。

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