
『このミス』大賞シリーズ 『薬も過ぎれば毒となる 薬剤師・毒島花織の名推理』(宝島社文庫)
一か月が経った。
あの後、義郎さんをめぐっては一騒ぎがあったそうだ。
親族会議でその話を訊かれた義郎さんは、納豆と青汁をやめても薬の量が減らないことをおかしいとは思っていたが、それを言えば奥さんが怒って出て行ってしまうかもしれないと思い、言えなかったと打ち明けたのだ。
皆に問い詰められた奥さんは、知らぬ存ぜぬを繰り返したそうだが、言い逃れが出来ないと見るや、「もういいわよ。私は何もしてないけど、ここまで疑われたら、もう夫婦を続けていく意味なんかないわ」と捨て台詞を残して出て行ったそうだ。
義郎さんは食事を改善して、ようやく体調も回復してきたところだという。ワーサリンだけでそこまで体調を崩すことはないから、こっそり他の薬も混ぜていたのではないかと周囲は疑っているそうだ。
警察にも相談したが、事件とするには証拠がないと言われてあきらめた。
このままでは、また同じような性悪女に狙われるのではないかという心配もあるために、息子夫婦が義郎さんと同居することを決めたという。
「これで一安心ね」
母親はほっと息をつく。
「まあ、とりあえずはよかったよね」
爽太も頷いた。
父親は仕事で、妹もまだ帰っていなかった。
「それにしてもその薬剤師さんには感謝しなくちゃね。あのとき気づいていなければ、本当にあの女にいいようにされていたかもしれないわ。ところでその人、おいくつなの。あんたとはどういう関係の人なのよ」
母親はお茶をすすりながら、探るような視線を向けてきた。
「はっきりした年は知らないけれど、二十代後半くらいかな。勤め先の近くにある調剤薬局に勤めている人だよ」
爽太は正直に言った。
「もしかしてお付き合いをしているってこと?」
「違う。違う。そんなのじゃないよ」
爽太は慌てて手を振った。
「前に足が痒くなって、勤め先の近くにあるクリニックに行ったことがあったんだよ。そこで水虫という診断を受けたけど、でも薬を塗っても、まるでよくならなくてさ。そのときに色々と助言をもらったのが、あの人だったんだ。ちゃんとした皮膚科に行って、別の薬をもらったらすぐに治ってさ。そのお礼を言いに行ったとき、たまたまその話をしたら、それはおかしいということになったんだよ」
「本当かしら。なんか怪しい話だわね」
「嘘なんかつかないよ」
お茶をずずっとすすって、まあいいわ、と母親は呟いた。
「お世話になったお礼はしなくちゃね。何か買って送ろうかしら。食べ物は何が好きか、あんた知っている?」
「知らないよ。でもたぶん受け取らないんじゃないかな。薬剤師として当然のことをしただけだって、何度も言ってたから」
爽太はそっけなく言った。これ以上、母親には関わってほしくないという気持ちがあった。