今回の症例は74歳男性の野口修二さん(仮名)です。半年ほど前に、大学病院で食道癌の手術を受け、食道の一部を切除しました。そのため声が出せず、会話ができなくなってしまいましたが、術後の経過は良好で、日常生活もほぼ1人でこなせます。現在は、自宅近くのクリニックに通院しており、処方薬は大学病院の退院時に処方された薬剤をそのまま継続しています。
既往歴
65歳:高血圧
74歳:食道癌手術(非開胸食道抜去術)
検査データ
収縮期血圧145mmHg
来局時、野口さんから筆談で次のような訴えがありました。
野口さんに処方されている薬剤のうちミカルディス(一般名テルミサルタン)以外は、いわゆる「対症的薬剤」です。これらの継続要否を判断するに当たっては、症状に対する有効性がどの程度得られているのかをしっかり把握する必要があります。つまり、「予防的薬剤」以上に、患者さんの薬へ関心、思いに配慮が必要となるのです(予防的薬剤・対症的薬剤についてはケース11参照。もちろん、予防的薬剤にこのような配慮が不要というわけではありません)。
少なくとも、薬剤効果をどの程度実感しているかどうかについて、患者さん本人の思いを知っておく必要があります。患者さんが「よく効いている」と実感している薬剤を、医療者の一方的な価値観で否定することは現実的には困難です。
現在処方されている薬剤に対する野口さんの価値観・思いを、スルピリド以外の薬剤も含めて確認してみると、以下のようになりました。
薬剤名 | 期待される効果 | 野口さんの薬に対する価値観・思い |
---|---|---|
タケプロンOD錠※ | 逆流症状の緩和 | 逆流症状は相変わらず。 術後からあまり変わらないように思う。 逆流してくるのは酸っぱい味のものではなく苦いもの。 |
セレコックス錠 | 鎮痛作用 | 今現在、特に体が痛むということはない。 処方された理由をよく覚えていない。 |
スルピリド錠 | 食欲増進(効能効果として保険適用なし) | 術後に食欲が低下した時に出された薬。 今は食欲もあるので、必要なければ服用したくない (服用すると、元気が出なくなる気がする)。 |
ビオフェルミン配合散 | 整腸作用 | これを飲んでいるとお腹の調子は良いように思う。 |
ビソルボン錠 | 去痰作用 | 痰が絡むこともあるが、薬を飲んでいるおかげで まずまず調子が良い。 |
上記薬剤の中でもセレコックス(セレコキシブ)、タケプロン(ランソプラゾール)、スルピリドの3剤は継続するベネフィットが少ないかもしれません。食道癌術後の胃食道逆流症にはPPIが無効な例も多く、また野口さんは「苦い味のものが逆流している」と話しており、逆流しているのが本当に胃酸なのかという疑問があります。食道癌の術後であり、迷走神経が切除されている可能性は高く、その場合、基本的には胃酸分泌が抑制され、胃内の酸度はそれほど高くありません。逆流しているのは胃酸ではなく、十二指腸内容物(膵液や胆汁)の可能性が高いとも考えられるのです。
(Am J Gastroenterol.2002;9:1647-52. PMID:12135013)
(Gut.1991;32:1090-2. PMID:1955159)
改めて、今回のケースにおいて気になるポイントを整理してみます。
薬物治療、ここが気になる!
・セレコックスの処方意図がよく分からない。
・効果を実感できていないにもかかわらず、タケプロンが高用量で継続投与されている。セレコックスによる消化器系有害事象の予防目的で処方されているのかもしれないが、そもそもセレコックスの処方意図が不明である。
・スルピリドの継続の必要性がよく分からない。
では、今回のケースを考える上で押さえておきたいエビデンスを、整理していきましょう。