今回の症例は83歳女性、吉田ふみさんです。10年近く同じクリニックに通院しており、この間、処方薬の大きな変更はありません。10年ほど前に軽い胸痛を自覚し、狭心症の疑いでニコランジル(商品名シグマート他)の服用を開始しましたが、それ以降、狭心症を示唆する症状はありません。膝の痛みもそれほどひどくない様子ですが、日中の不安症状に対してエチゾラム(デパス他)を服用しており、また、寝付きが悪くブロチゾラム(レンドルミン他)が欠かせないといいます。
既往歴
76歳頃:狭心症(疑い)
現病歴
高血圧、逆流性食道炎、変形性膝関節症、開放隅角緑内障
検査データ
収縮期血圧146mmHg
ある日、吉田さんは処方箋を差し出しながら、「今日はお願いがある」と言って次のように話しました。
長らく緑内障を患い、最近はかなり見えづらくなってきているようです。もちろん、ここで一包化調剤するのも良いのですが、吉田さんの思いをもう少し把握したいところです。一包化を希望した理由は、錠剤が取り出しにくいということだけでしょうか。吉田さんが薬物治療にどのような関心を抱いているのか、薬剤師とのやり取りをもう少し見てみましょう。
薬剤師:「お薬を飲みやすいようにパックすることはもちろんできます。ただ、今服用されているお薬の種類がやや多いようですが、最近はいかがでしょうか。飲み忘れや、飲み間違いなどはございませんか?」
吉田さん:「実は先日、このカプセル(リリカ)をもう1つの胃のカプセル(ネキシウム)と間違えて、2回分を1度に飲んでしまったんです。フラフラして大変な思いをしました。だから、間違えないようにしたいと思って」
薬剤師:「そうだったのですね。それは大変でしたね。こちらの用法説明が不十分だったのかもしれません。申し訳ございません。薬をしっかり飲むことも大切ですが、薬の種類も多いので、先生と相談しながら、少しだけお薬を減らしたり、整理できればと思うのですが、いかがでしょうか」
吉田さん:「いえいえ、私が飲み間違えただけですから。袋にはちゃんと飲み方が書いてありましたし…。薬を整理していただけるのはありがたいです。本当のところ、薬の数が多くて困っていたんです。寝る前の薬は手放せないんですけどね…。でも先生の許可も必要でしょう?まだ家に2日分くらい薬が余っているので、明日か明後日にまた取りに来ますよ。その時までに用意しておいてもらえれば大丈夫ですよ」
どうやら、吉田さんは薬を間違えて飲んでしまい転倒しそうになるなど、怖い思いをしたようです。また、薬剤が多いことに困っていることも分かりました。
本連載ではこれまで、薬物治療中止を妨げる要因として、治療に対する期待や、薬をやめることへの恐怖といった点を強調することが多かったのですが、一方で、本ケースのように、「薬を減らしたい」との思いを抱いている患者も確かに存在します(参考:Int J Clin Pharm. 2016;38:454-61. PMID: 26951120)。
薬物治療に対して患者が抱いている思いは、様々な価値観に裏打ちされています。そのことに気付くのは容易ではありませんが、患者が抱く薬物治療に対する価値を、考え(Ideas)、心配(Concerns)、期待(Expectations)の3つに分けて考えていくと、処方整理がしやすいかもしれません。3つの英語の頭文字を取って「ICE」と覚えておくとよいでしょう。
では改めて、吉田さんの薬物治療に関して、気になる点を整理してみます。
薬物治療、ここが気になる!
・薬は多いが、どうしたものか。
・エチゾラム、プレガバリン(リリカ)、ブロチゾラムの併用は、ふらつきや転倒リスクが増加するかも…。
多剤併用事例に直面して困ったら、まずは薬剤を大きく予防的薬剤と対症的薬剤の2つに分類してみるとよいでしょう(予防的薬剤、対症的薬剤については本連載総論その3を参照)。吉田さんの処方薬を分類すると表1のようになります(フロセミド[一般名ラシックス]は、心不全治療に用いられる場合は体液貯留を改善する観点で対症的薬剤になり得るが、本ケースでは高血圧治療目的であると考え、予防的薬剤に分類した)。