前回、Sicilian Gambit分類の心房細動診療における意義について私なりのコメントをしましたが、今回ここスペイン・バルセロナで開かれた欧州心臓学会(ESC)に来て、もう一度その現実を自らの身をもって知ることになりました。
それは心房細動のアップストリーム治療に対する考え方です。私自身もこの治療法にこれまで大きな期待を寄せていて、本講座第11回(こちら)では、心房細動患者の脳梗塞予防におけるアンジオテンシンII受容体拮抗薬(ARB)の可能性に言及していたのですが、今、私自身が前回指摘した実験医学に陥っていたことを猛省しなければならないと痛感しています。
心房細動患者の脳梗塞は極めて大きな問題です。にもかかわらず、現在その予防手段はワルファリンしかないという状況で、それ以外の予防法が期待され、模索されていました。今回のESCでは、経口可能な直接トロンビン阻害薬のダビガトラン(新薬、日本未承認)がワルファリンに勝るとのRE-LY試験の結果が報告され、この新薬がわが国に導入されれば大きな福音になることと思います。
これまで、私自身は「心房内皮機能」に注目し、実験によって得られた知見から、ARBが心房内皮機能を改善することにより脳梗塞を少しでも減少させることができるのでは……と考えてきましたが、今回のESCで発表されたACTIVE-I試験の結果を見て、この考え方には期待が持てないことが判明したので、反省するとともに訂正の意味も込めて第21回を早めにアップしました。
ARB投与しても血管性イベントの抑制見られず
ACTIVE-I試験の経緯は次の通りです。心房細動患者の多くは高血圧を合併しており、血管内皮機能、心房内皮機能が低下していると考えられます。また、後付け解析ですが、ARBが心房細動の再発を抑制すること、脳梗塞を減少することなどが報告されていました。
そして、今回初めて前向きに心房細動患者を対象として、脳梗塞・心筋梗塞・血管死をプライマリーエンドポイントとして、ARBのイルベサルタンと偽薬を用いた無作為化比較研究であるACTIVE-I試験が行われました。
同試験には9000人以上の患者が登録され、長期間にわたる観察が行われた結果、両群間に血管性イベント発生について全く差が認められませんでした。つまり、心房細動患者に血管性イベントの抑制を目的にイルベサルタンを投与する根拠は全くないことになります。
前回コメントした内容に重なるのですが、ここでも実験医学で得られた知見と臨床には大きなギャップのあることが明らかになったわけです。このギャップを十分に知っているつもりでいても、自分の考え方が気付かぬうちに同じ罠に陥ってしまっていたことを恥ずかしく思うと同時に、今反省しているところです。本講座第11回の内容は実験医学に傾倒し、臨床応用を安易に考えすぎた結果として捉え直していただければ幸いです。
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著者プロフィール
山下武志(心臓血管研究所所長・付属病院院長)やました たけし氏。1986年東大卒。同大第二内科に入局。阪大第二薬理学、東大循環器内科助手などを経て、2000年から心臓血管研究所第三研究部長、2011年から現職。不整脈診療の第一人者であるとともに、分かりやすい著書や講演でも名をはせる。

連載の紹介
山下武志の心房細動塾
不整脈の診療に造詣の深い山下武志氏が、自身の経験と最近充実してきたエビデンスを踏まえ、心房細動診療の最新の考え方と実践例を紹介する。同氏が提唱する「3ステップ」や「洞調律への復帰をあせるべからず」「患者満足度の重視」という視点は、心房細動を診るすべての臨床医が傾聴すべき真実を含んでいる。
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