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第20回
心房細動診療にSicilian Gambit分類は必要か?

2009/08/31

 先生方は抗不整脈薬Sicilian Gambit分類というものを知っておられるでしょうか。抗不整脈薬を勉強しようかなっと、ちょっとでも思ったときには必ず出会うことになりますから、多くの方はその名称くらいは聞いたことがあるかもしれません。本邦では、この分類が日本循環器学会の「心房細動治療(薬物)ガイドライン」にも掲載されているので、さぞかし臨床応用が利く分類なのかと思ってしまいがちですが……。

 実はあまり知られていないことですが、その発祥の地である欧州あるいは米国で発表されている「心房細動ガイドライン」には、このSicilian Gambit分類は全く取り上げられていません。つまり現時点で、Sicilian Gambit分類を尊重している国は世界の中で日本だけという、とても奇妙な状況なんですね。なぜこんなことになってしまったのでしょうか。今回は、私がこのSicilian Gambit分類をどのように考えているのかをお示ししようと思います。

 まず本題に入る前に、少しSicilian Gambit分類の説明をしておきましょう。抗不整脈分類については、古くからVaugham Williams分類が有名です。これは複雑な抗不整脈薬を理解しやすくするために、教育的配慮やその臨床応用を考慮しながら作られた分類です。

 しかし、抗不整脈薬の種類が増加し、なかなかこの分類でしっくりいかなくなったこと、そしてCAST studyが報告され(陳旧性心筋梗塞患者での抗不整脈薬使用がかえって死亡を増加させたという有名な報告ですね)、1990年代に改めて不整脈の薬物治療を考え直そうという会議がイタリアのシシリー島で開催されました。その会議の中で提唱された、新たな抗不整脈薬分類がこのSicilian Gambit分類です。

実験動物を用いた基礎研究から導き出されたSicilian Gambit分類

 様々な医学書や「心房細動治療(薬物)ガイドライン」(日本循環器学会のウエブサイト[こちら]からpdfをダウンロード可能)に記載されていますので、お手にとって一度見てみてください。今その細かな点に言及するつもりはありません。ただ気付いてほしいことは、この分類が主にイオンチャンネル、受容体と抗不整脈薬との関連を示していることです。このことは、次の2つの重要なことを意味しています。そして、皆さんにはぜひ、臨床医の観点からこの事実を見つめ直してもらいたいと思うのです。

(1)基礎の薬理学的見地から見ると、従来のVaughm Williams分類に比べると格段に正確です。抗不整脈薬の薬理学を勉強する上では欠かせないといえるでしょう。何しろ、分子と抗不整脈薬の関係なのですから、基礎的に極めて重要な表です。

(2)この表はすべて動物実験を用いた基礎研究から導き出されています。生体にある人間の心房あるいは心室のデータではありません。一方で、私たち臨床医は生きた人間を相手にしています。

 だんだん問題の本質に近づいてきた気がしませんか?さらに、です。この会議では抗不整脈薬の選択法も提示しています。これは不整脈の診断を行い、機序を推定し、受攻性因子(介入操作ができる分子)を同定し、その候補をブロックできる薬物を、Sicilian Gambit分類を参考に選択しなさいというものです。

 考えなくてもすぐ分かることですが、こんなことを日常臨床でできるわけがありません。そもそも、心房細動では受攻性因子がまだ同定できていないからこそ、私たちは困っているのです。これではフィクションに近いでしょう。

 もうお分かりいただけたでしょうか?現在の医療は、clinical evidenceを基本として、個々の患者診療を考えるevidence-based medicine(EBM)の時代です。experiment-basedやlogic-basedでは誤りがあり得るということを反省したからこそ、今があります。人間に処方してその結果がどうなったか、それが何よりも重要なことは自明の理です。

 基礎的には有望な治療と思われていても、実際の臨床では有用でなかったということがままあることを私たちは知っています。実際に、The American Journal of Medicine. 2003;114:477-84.には、基礎的に有望とされた治療法101件のうち、実際に臨床応用されたものはたかだか5件にすぎなかったことが報告されています。基礎的知見と臨床には乖離があること、これを忘れてはいけません。

 

著者プロフィール

山下武志(心臓血管研究所所長・付属病院院長)やました たけし氏。1986年東大卒。同大第二内科に入局。阪大第二薬理学、東大循環器内科助手などを経て、2000年から心臓血管研究所第三研究部長、2011年から現職。不整脈診療の第一人者であるとともに、分かりやすい著書や講演でも名をはせる。

連載の紹介

山下武志の心房細動塾
不整脈の診療に造詣の深い山下武志氏が、自身の経験と最近充実してきたエビデンスを踏まえ、心房細動診療の最新の考え方と実践例を紹介する。同氏が提唱する「3ステップ」や「洞調律への復帰をあせるべからず」「患者満足度の重視」という視点は、心房細動を診るすべての臨床医が傾聴すべき真実を含んでいる。

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