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New England Journal of Medicineから
宇宙飛行士のロングフライト血栓症明らかに
地上での常識は通じない宇宙旅行時の予防策

 今年からNASA(米航空宇宙局)の国際宇宙ステーション(ISS)商業化計画の一環として、民間宇宙飛行士の滞在ミッションが可能となるらしい[1]。もっとも、1泊63億円らしいので、ごく限られた旅行者しか滞在できないだろう[2]。いずれにしても、選抜を受け特殊な訓練を修了した軍人や科学者だけでなく、一般人も宇宙飛行士として宇宙に行けるようになるので、不測の事態があっても不思議ではない。日本人初の宇宙飛行士となった元TBS記者の秋山豊寛氏も、選抜と訓練を経験したと聞く。ISSの商業的成功を優先するようになれば、医学的に多少不適格であっても宇宙飛行は実施されるだろうから、経験したことのない「宇宙病」の発症があってもおかしくはないだろう。

 2020年1月2日発行のNEJMに、宇宙飛行中に発症した左内頸静脈血栓の症例報告が掲載された[3]。ISSの滞在中に宇宙飛行士を対象とした頸静脈血流測定の研究プロジェクトがあり[4]、その中で発見された1症例の報告である。

 報告によれば、11人のISSクルーのうちの1人に、飛行50日目のエコー検査で左内頸静脈血栓が発見された。エノキサパリンの皮下注射を43日間行った後、補給船で届いたアピキサバンが90日目まで5mg/1日2回で投与され、その後は2.5mg/1日2回に減量、地上への帰還4日前まで続けられた。帰還後10日で血栓は消失していたとのことだ。

 頸静脈血流のうっ滞や血栓形成の状況については、JAMAの論文が研究の全体像とともに詳細に報告している[4]。NEJMの症例報告はCorrespondenceの形式で簡略なものだが、治療に焦点を当てていて、「エビデンスがない状況での臨床的判断」「遠隔医療を使用した放射線科医ガイドにより患者自身が実施する超音波検査」「薬剤やシリンジなど限られた医療資源」「表面張力効果が効いているバイアルからの液体吸引」など、医学医療史上初となった経験が紹介された。

 宇宙空間では、無重力による体液の頭部方向への再分布が知られている。顔面浮腫、下肢容積の減少、心拍出量の増加、血漿量の減少、脳静脈血流量の増加と、結果としての内頸静脈容積の増加などが既に報告されている。

 ISSの研究プロジェクトの目的は、内頸静脈容積と圧を定量的に計測して地上での計測値と比較すること、および下半身陰圧法による頭部方向への体液移動の是正が可能かを評価することだった。内頸静脈の平均断面積(GE社のポータブル心エコーVivid Qによる)は、地上測定値9.8mm2が約50日目には70.3mm2、約150日目には60.0mm2へと有意に増加した(P<0.001)。平均静脈圧(Meridian AG社の圧計測用エコーVeinPressによる)も地上測定値の5.1mmHgが約50日目には21.1mmHg、約150日目には15.8mmHgへと有意に増加した(P<0.001)。こうした計測中に、1人のクルーの左内頸静脈に亜急性と思われる血栓の存在が、地上の2人の放射線科医によって確認された。

 また、ロシア製の下半身陰圧負荷装置Chibis-Mによる25mmHgの下半身陰圧法を1日1時間程度実施すると、内頸静脈断面積は約50日目では44.7mm2、約150日目では42.7mm2となり、先に紹介した同時期の下半身陰圧法非実施期間の値に比べ、それぞれ有意に低下した(P<0.001)。

 無重力状態では上記の体液移動だけでなく、動脈系の血管拡張も報告されている。心拍出量の35%増加、24時間平均血圧の8~10mmHg低下、全身血管抵抗の39%低下が、ジョンソン宇宙センターから報告されている[5]。静脈系がうっ滞するのに対して、動脈の流れはよいようだ。この時、心拍数とカテコラミンレベルは不変だったので、交感神経系ではない機序が想定されるが、いまだ研究途上と見られる。静脈系に関する研究報告は今回のJAMA論文が嚆矢のようで、今後の研究が待たれる。

 下半身陰圧法が静脈血栓の予防となり得るかは、今回の研究対象にはなっておらず、今後の研究課題とされた。宇宙時代の超ロングフライトにおいては、現在のロングフライト血栓症の予防法である、ふくらはぎのマッサージや水分摂取、あるいは弾性ストッキングなどとは全く異なる予防法が必要とされるのだろう。

著者プロフィール

駒村 和雄(国際医療福祉大学熱海病院)こまむらかずお氏。1956年生まれ。東京大学経済学部・大阪大学医学部卒。大阪警察病院、ハーバード大学留学などを経て95年から国立循環器病センター。98年、同センター研究所室長。2008年、兵庫医療大学教授。2009年、武田薬品中央総括産業医。2016年、神戸学院大学教授。2018年、国際医療福祉大学熱海病院 病院教授、兵庫医科大学非常勤講師および横浜市立大学客員教授。

連載の紹介

駒村和雄の「健康寿命で行こう」
2009年にNMO循環器プレミアムのコラムとしてスタートした「論説・総説を読む」が、バージョンアップしました。国立循環器病センターで重症心不全の臨床に長年携わり、ACCやAHAのフェローを務める駒村氏。同氏が現在かかわっている医療系教育研究や高齢者医療の現場から、今、わが国の第一線の医療現場で問題となっている話題を幅広く取り上げ、Evidence Basedで論じます。

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