
「薬だけください」――。そう言って、医療機関を訪れる方がいます。原則として、診察もせずに処方をすることは禁止されています。医師法20条は「医師は、自ら診察しないで治療をし、若しくは診断書若しくは処方せんを交付し(中略)てはならない」としているからです。
それでは、治療に当たっては、必ず患者に対面しなければいけないのでしょうか。この点について、参考になる裁判例を4つ紹介します。
1つ目の裁判例は、大正時代にまで遡ります。7月26日に患者を診察して3日分の投薬をしていた医師が、その後、8月18日に患者の実父より、病気不良のため往診を求められました。しかし、多忙で往診が難しかったため、患者の実父より容態を聴取し、自ら診察をすることなく散薬3日分を実父に渡したことが、医師法違反になるとして刑事事件となりました。鳥取地裁は無診察治療により有罪としたのですが、1914年3月26日、大審院(現在の最高裁)は次のように述べ、破棄差し戻しとなりました。
「医師法によれば、医師は自ら診察しないで治療をすることができないけれども、治療前に診察をしたことがあり、これによって将来の病状を判断し、一定の期間内連続して数次に一定の薬剤を授与し治療をする計画を定めたような場合には、前回の診察に基づいて治療をしても、診察をしないで治療をしたものということができない」
このことから、投薬については、診察の結果、一定の期間内に連続して治療をする計画(以下、継続的治療計画)を定め、それに基づき実施するものであれば無診察治療にはならないという判断がなされ、個別の治療前に必ず診察を必要とするものではないということが示されました。