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名前の呼ばれ方に激高した患者が語った事情

2015/11/19
岸部宏一(横浜医療法務事務所)

 ガシャーン!!
 怒声に続いて待合室に大きな音が響いたのは、午後の診療開始直後のことだった。

 院長のS医師が何事かと受付に駆けつけると、事務職員が床に座り込んで泣きそうになっている。受付カウンターの上にあったはずのトレーやパンフレット立ては散乱し、カウンターの向こうを見ると、数日前に初診で来院した女性患者のTさんがものすごい形相でこちらをにらみ、「バカヤロー、このクリニックはどうなってんだよ!」と怒鳴りながらカウンターを何度も拳骨で叩いている。

 「私の名前はTじゃなくてFだって言ってるでしょ!」。Tさんはまだ暴れていた。

保険証と問診票で異なる記載
 S医院は西日本の地方都市にある診療所だ。院長のS医師は、父親である初代院長が急病で倒れたために、2年前に急きょ実家の診療所を継いだ2代目院長である。S医師は診療を中断すると、すぐにTさんを処置室に招き入れて話を聞くことにした。

 Tさんは数年前に離婚して、実家のあるこの町に帰ってきたが、国民健康保険証に記載されている名字と、本人が初診時に問診票に記載した名字が異なっていた。前回の初診時に事務職員が黙って保険証にある姓名でカルテを作成していたため、その後同院では「Tさん」と呼ぶことに誰も疑問を持っていなかった。

 事件はそんな時に起こった。再診でS医院を訪れ、受付で診察券を出した本人に対し、電子カルテの画面に「次回採血」の指示があることを見た事務職員が検査室に案内しようとして「Tさん、こちらへ……」と言いかけた時だった。「私の名前はTじゃない、Fだ!」と突然暴れだしたのである。

近所の手前、旧姓を名乗っていたが…
 本人が名乗る「F」とは旧姓のことだった。聞けば、地元の高校を卒業後間もなく結婚し、実家を出て苗字がTに変わった。首都圏で暮らしていたものの、定職に就かない夫とは数年前に離婚して実家に「出戻った」形になっているという。

 離婚の際に苗字を戻すことが面倒で、何となく結婚していた当時の姓のままにしてあるが、実家に戻ってからは近所の手前、元夫の姓を名乗り続けていることをいろいろ言われるのが嫌で、旧姓のFを名乗っている。しかし、実家の住所で新しく作った国民健康保険証はTになっており、S医院の電子カルテ上も当然その氏名となっている。

 事情を聞いたS医師は、次のような話をした。
 ・カルテ上の氏名については、健康保険証に書いてある通りでしか取り扱うことができない
 ・他の呼び方がよければ、受付で言ってもらえればその通りの対応をすることは可能である
 ・案内が行き届かずに不快な思いをさせて申し訳ない
 ・今後はFさんと呼ぶように院内で徹底する

 この説明には、本人も納得したようだった。会話を聞いていたベテラン看護師の「Fさん、こちらで採血しますね」の声に機嫌を良くした様子である。

連載の紹介

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