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「抗がん剤は効かない」近藤理論をめぐる患者の意思決定サポート

2014/06/13
津端由佳里(島根大学医学部内科学講座 呼吸器・臨床腫瘍学)

 毎日新聞社から本年3月に出版された『「抗がん剤は効かない」の罪』(勝俣範之著)を皆さんはもうお読みになられたでしょうか?

 私が勤務する島根県は知っての通り非常に田舎で、高齢化も進んでおり、いまだに医師‐患者関係には強いパターナリズムが残存しています。がん治療に関してもしかりで、患者および家族にインフォームドコンセントを行うと、「素人で分かりませんので、先生にお任せいたします」とたいていの方がおっしゃる、そんな土地柄です。

 しかし、昨今の近藤誠医師のメディアへの露出や、あたかもすべてのがんが治癒できるかのような、がん治療に関する過度とも取れる期待が込められた報道によってその空気も変わりつつあり、あらためて患者・家族とのコミュニケーションの重要性について考えるようになりました。今回は、そのきっかけとなった症例を紹介したいと思います。

 Aさんは30歳代の男性で、画像から臨床的に肺がんが強く疑われ、気管支鏡目的で当院へ入院されました。検査が終了して退院する際に、本人から近藤医師へのセカンドオピニオンの申し出がありました。まだ診断も付いていない状態でしたので、「診断が付いて当院の治療方針を聞いてから行かれては」と話すと、「近藤先生は診断が付いていなくても紹介状がなくてもいいそうなので大丈夫です」とのことでした。とはいえ、セカンドオピニオンへ行くのに紹介状を作成しないわけにもいかず、結局、私は詳細な病歴を記載した紹介状と画像データを手渡し、東京へ持参するよう伝えました。

 その後、検査の結果が判明し、肺腺がんStage IV EML4/ALK融合遺伝子陽性でした。ご存じの通り、ALK陽性肺がんはクリゾチニブ単剤使用の有無で全生存期間(overall survival;OS)が大きく異なることが示唆されており、若年でPS(performance status)良好なAさんは当然クリゾチニブ内服の適応なのですが、「近藤医師から『分子標的薬を含む一切の抗がん剤は意味がない。使うな。しんどくなったらモルヒネを使ってもらいなさい。それだけでいい』と言われたので…」と内服を躊躇。結局、“近藤医師信者”である奥様と親戚の説得もあり、診断から7カ月経過した今もクリゾチニブは内服せず、緩和ケア病棟への入棟を検討しています。

 Bさんは70歳代の女性、胸腺がんです。PSは良好なものの診断時すでに腫瘍は右房および甲状腺へ浸潤し、手術・放射線治療は困難な状態でした。NCCN(National Comprehensive Cancer Network)ガイドラインでは、切除不能浸潤型胸腺がんに対してはプラチナ製剤をベースとしたいくつかのレジメンが推奨されてはいますが、疾患の希少性ゆえゴールデンスタンダードの治療はない領域です。

 そのことも含め、本人と家族へ説明し、最終的に抗がん剤治療の方向で話は進んでいましたが、いざ入院するとご主人より「近藤医師が週刊誌に書いている記事を読んで全くその通りだと思った。抗がん剤治療は受けさせない。近藤医師のセカンドオピニオンを受けたいと思います」との申し出があり、患者を連れ帰ってしまいました。その後、抗がん剤希望のあった患者と親戚一同から非難を浴びたご主人は改心(?)し、セカンドオピニオンへは行かずに当院で抗がん剤治療を実施することになりました。

 Aさん、Bさんとも残念ながら抗がん剤では治癒が困難と考えられる進行度の腫瘍ですが、抗がん剤治療によって受けられる恩恵には大きな差があります。生存期間延長のデータがある治療法が存在するのに抗がん剤治療を選択しないAさんと、明確なエビデンスのある治療法がなく全身状態からも抗がん剤の有害事象で命を落とす可能性も考慮しておかなければならないことを承知の上で抗がん剤治療を実施するBさん…。

連載の紹介

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日経メディカルブックス『がん診療UP TO DATE』の著者陣によるリレーエッセイです。がん治療に関する最新の話題や、日常診療の中で遭遇したエピソードなどを、自由な形式で綴ります。

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