日々の診療において、皆様一人ひとりが大切にしていることがあると思います。私にもやはり、緩和医療に携わる者として、日々患者・家族と接するときに大切にし、心がけていることがいくつかあります。その一つは、「隙を作ること」です。
この言葉は、尊敬すべき大先輩である先生から学び得たものです。この言葉を聞いた方からは、「医師が患者の前で隙を作ることなんか許されるものではない!」とお叱りの言葉を受けるかもしれません。医学生時代には、「医師は患者の前で毅然としていなければいけない」といったように教えてくださった先生もおられたように記憶しています。そのような考えも「なるほど」と思えるものでありますが、私自身が医師としてある程度の経験を積み、患者・家族や医療者とコミュニケーションを重ねるにつれ、「隙を作ること」で得られるものも多いと実感しています。
「隙」とは何でしょうか? 辞書を見ると、「(1)物と物との間。間隙。すきま」「(2)引き続いている物事の絶え間。合間。ひま」「(3)気のゆるみ。油断。また、つけいる機会」と定義されています[1]。辞書ではどちらかというとネガティブなイメージの内容となっていますし、世間一般でもそう感じると思います。私がここで言う「隙」とは、辞書で示される意味の中では、「物事の絶え間」と「つけいる機会」に近いかもしれませんが、もしかすると「隙」というよりも「余裕」と言った方がよいのかもしれません。
私の考える「隙(余裕)」の内容をあらためて具体的に考えると、「時間的な余裕」「心情的な余裕」「自分らしさを見せる余裕」と言えるでしょうか。
時間的な余裕がなさそうに、話を早く切り上げようとする医師に対して、感じていることや懸念を話しやすいと感じる患者や家族が多いとはあまり思えません。患者が、医師に話す「隙」が見つけられないため、または与えられたわずかな「隙」に話をうまく切り出せないため、医師の前では結局言いたいことが言えなかったという話はよく耳にするところです。
笑顔を見せずに病気のことを淡々としか話さない、心情的な余裕を見せない医師に、患者・家族はちょっとした心の悩みを打ち明けたり相談事を持ちかけたりしにくいでしょう。心情的な余裕がないと、検査の結果や今後の治療・経過についての話に終始してしまうでしょうし、その結果として、患者・家族の大事な気持ちをくみ取れず、患者・家族と医療者が考えるゴールに大きな差が出て、診療に影響が出ることも考えられます。
また、患者・家族と診療以外の話、例えば故郷の話や趣味の話で盛り上がったり、冗談を言ったり、「自分らしさ」を見せる医師と、プライベートの話は全くお断りの医師と、どちらが親近感を覚えるでしょうか。時には、医療者の「完全でない面」を見せることも意味があることかもしれません。例えば、スーパードクターのような完全な人間には弱さを見せにくいものではないでしょうか。
私自身も、つらい気持ちを話すときには似たような経験をしていて、共感し受け止めてくれそうな方に相談をしたいと思います。がんをはじめとした重篤な疾患に罹患している場合、患者・家族には身体的・精神心理的にも弱っている方が多く、医療者が人間味を漂わせ、そして不完全な人間であることは、患者・家族との関係において意外と重要なことなのかもしれません。患者・家族と医療者とのコミュニケーションにおいて、やはり根底にあるのは人と人とのつながりであってほしいと思います。
このように、いろいろな「隙=余裕」を見せることは、患者・家族また医療者とのコミュニケーションにおいて重要だと私は思っており、「隙」を見せることは、ある意味「スキル」といってもよいのではないかと思います。このスキルは、当然、緩和医療に携わる医師だけではなく、医療にかかわる者皆が意識をしてよいのではないでしょうか。
ここまで、「隙」を見せることの大切さだけを述べてきましたが、ただ「隙」を見せるだけでよいかというと、当然そんなことはありません。やはり、ある程度意識した「隙」である必要があります。第一に、「隙」は決して「気のゆるみ、油断」であってはいけません。さすがに仕事にミスが多いことは許容されるものではなく、大切な診療行為自体に「隙」を見せてはいけません。当然ですが、日々の診療における信頼感があってこそ、「隙」によるコミュニケーションは成り立つ話です。第二に、患者が真剣に話しているときには、真摯に受け止めなければなりません。第三に、患者・家族に対して、あまり自分を飾らないことがよいとは思うものの、当然礼節を保つことは大切だと思います。
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